もずの独り言・はてなスポーツ+物置

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いずみ江戸日記/鳥居忠則

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高遠のそばの薬味にゃ山菜よ。
山菜とおろした大根と味噌。三位一体たァこのことよ。

こないだァ主膳正様(鳥居忠春)まで話したんだが話が長くなっちまった。
そば伸びちゃいけねえからな。
じゃ、今日は左京亮様(鳥居忠則)の話だ。
いずみサン、ちょいとお耳を拝借しやすぜ。



左京亮様の親父の主膳正様は大坂で松谷さん(松谷寿覚)に短刀でブスリとやられてあの世行きだ。で、高遠藩のご重臣は「藩主・鳥居主膳正儀、大坂で御病死」って取り繕って左京亮様に家督相続を願い出た。
幕府としちゃあ実子相続だ。何の問題も無えから深く調べずに左京亮様の高遠藩相続を認めなすった。これでまた高遠の領民の不幸が続くんでさァ、いずみサン。
この左京亮様も親父に負けねえくらいのトンチキ野郎でな。このトンチキは親父と違って22万石にするためじゃなくて、てめえの贅沢のために年貢を重く取り立てた。さらには江戸や信濃松本の商人から返すアテの無え借金を繰り返した。
年貢がキツいからお百姓はやっぱり逃げ出しちまう。荒れ地が増えちまってどうにもならねえ。コメが穫れねえから他のモンに運上(税)をかける。お百姓以外の領民もこれじゃやっていけねえ。
何よりこのトンチキ左京亮様が領民から憎まれたのが、年貢や運上をてめえの贅沢のために取り立てたってえことだ。取り立てた年貢も運上もみんな吉原通いの支払いに消えた。これじゃいずみサン、領民みんなやってらんないぜ。
ま、殿様がこんなだから、家臣たちも同じように間違った贅沢やり始めるのよ。高遠藩の連中はな、藩の備蓄のコメに手ェ出した。いずみサン、それだけはやっちゃいけねえ。でもよ、殿様が贅沢してるんだからオレたちもってなる。それが生身の人間ってモンだろいずみサン?そうやって高遠藩は上から下までみんな腐っちまった。いずみサンの時代で言う「退廃」ってえヤツだな。
その「退廃」が高遠藩にとどめを刺した。
あれァ確か元禄2年の6月だったな。
この年、高遠藩は御城(江戸城)馬場先門警備を命じられてな。で、やらかしちまうのよ。ただ、やらかしたのがトンチキ左京亮様自身じゃなくて、高遠藩家臣がやらかしたんだよいずみサン。
高遠藩家臣に高坂権兵衛ってえ100石取りがいてな。そいつがやらかしたのよ。何を?って。覗きだよ覗き、覗きをやらかしたんだよいずみサン。
あれァ6月の初夏の暑い日の夜のこった。御門の警備をしてた高坂のヤツの耳に綺麗な琴の音が聞こえてきた。綺麗な音色だったからな、高坂のヤツはスケベ心ムラムラさせて音色のほうへ向かって行った。その音色はお旗本の平岡美濃守様(平岡頼恒)の長屋からでな。高坂のヤツァ「どんなべっぴんか顔拝みてえ」って、止しゃあいいのに長屋の中ァ覗いたのよ。そりゃいずみサン、いいオンナだぜ。何せお旗本のイロ(愛人)なんだ。国持の大名の側室よりいいオンナだぜ。で、このスケベ野郎はしくじっちまうんだ。物音立てちまってな。琴弾いてたお姉さんは「曲者!」て大声上げた。大声聞いた旗本連中がスケベ高坂をとっ捕まえた。
この初夏の暑さがマズかったな。高坂のヤツァ上が素っ裸で長屋を覗いてやがったからな。旗本連中からはいずみサンの時代で言う「変態野郎」って思われた。「変態野郎」が夜に覗きをやるんだ、いずみサン。そりゃもう夜這いの「現行犯」ってヤツだ。
「変態野郎」は奉行所突き出されてご詮議(取調べ)だ。ご詮議でこの「変態野郎」が高遠藩家臣・高坂権兵衛ってバレちまった。幕府は左京亮様に「家中不行届」ってえことで御城に出頭しろってお命じになった。綱吉公としちゃあ先代(鳥居忠春)からの悪政の報告に加えて、江戸や松本の商人から「高遠藩が借金を返さねえ」って訴えもあったモンだから高遠藩をお取り潰しにしようとしなすった。
で、7月23日だ。
トンチキ左京亮様はお取り潰しの御沙汰を受ける前にてめえの喉短刀で突いて自害した。44年の生涯だった。「変態野郎」の高坂も牢屋ん中で舌ァ噛み切って死んだ。
高遠藩は藩主横死と家中不行届でお取り潰しになったんだが、いずみサン、またしても鳥居家は蘇るのよ。左京亮様には忠英様ってえお世継ぎがいたんだがな、このお世継ぎに綱吉公が「藩祖・元忠の伏見城戦死の功績により、改めて能登下村に1万石を与える」ってな。
いずみサン、こいつァしぶとい通り越して不死身だぜ。その後、忠英様は家宣公の代になって若年寄に就任して近江水口2万石、さらには下野壬生に国替になって3万石。とうとう親父の代の石高にまで回復したのよ。
ま、忠英様よりあとはトンチキ藩主は現れずに鳥居家は無事維新を迎えたってえことよ。



高遠のそばの香りと山菜の風味がよく合うのよ。
こんなそばなら一升ペロリだ。
いずみサン、また。