もずの独り言・はてなスポーツ+物置

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【みんな生きている】日比谷公会堂(18)-1横田めぐみさん

横田 滋(横田めぐみさんの父。家族会前代表)


■楽観はできないが期待を持って見ている

昭和52年に新潟で北朝鮮工作員に拉致された横田めぐみの父です。
娘は13歳で拉致されましたが、10月5日には50歳になります。如何に長いかということです。
そして、子どもの拉致は児童の権利条約違反ですが、そういうことも無視されて連れていかれました。20年間は北朝鮮の拉致というより、国内事件だとなっていましたが、幸いなことに、めぐみが北朝鮮工作員に拉致されたということが判明しました。
先ほどの議員の紹介の時、西村眞悟先生が一番拍手が多かった。また、三宅さんは当時は地方議員だったんですが、その後は国会議員ですが、拍手が多かったのです。
それは警察の人から、「そんな拉致みたいなことを国会に持ち出したら命が危ないですよ」なんて言われて、「それを守るのが君たちの仕事でしょう」と言いながらやってくださったわけです。その頃は、「拉致なんか本当にあるんですか」とか、署名を頼んでも、「そんなものに署名して危険はないんですか」ということがありました。
我々の場合は転勤もありましたし、色々な方にお世話になり、まもなく結果が出るという時になって心から感謝しています。新潟にいた時は新潟の方、神奈川では神奈川の方など、色々な方にお世話になりました。
また私たちのマンションの中にも「あさがおの会」というのがありまして、今日も早めに来ましたら、色々な開催の準備をされています。本当に色々な方からお世話になり、心から感謝しています。
拉致問題は、2004年の2回目の小泉総理の訪朝からは全く進展がなくて、北朝鮮は「拉致問題は解決済み」、「生きている人は子どもも含めてみんな返した」、「あとの人は死んでいるんだから生き返らせることはできない」ということで、全く相手にならなかったんです。
しかし、今年の春から拉致被害者を返すということで色々な打合せをやっています。その効果が今になって現われてくると思います。ただ、北朝鮮から何度も「死んだ」と言われたり、「遺骨」が来て偽物であったり、「28歳で死んだ」と言って40歳くらいの写真を持ってきたりと、デタラメばかりやっていますから、可能性もあると思いますが、楽観はできませんので期待を持って見ています。
皆様方にお世話になりましたことを心から御礼申し上げます。

◆昭和52(1977)年11月15日
少女拉致容疑事案
被害者:横田めぐみさん(拉致被害時13歳)
新潟市において下校途中に失踪。
平成16年11月に開催された第3回実務者協議において、北朝鮮側はめぐみさんが1994(平成6)年4月に死亡したとし「遺骨」を提出したが、めぐみさんの「遺骨」とされた骨の一部からは同人のものとは異なるDNAが検出されたとの鑑定結果を得た。
平成18年4月には日本政府の実施したDNA検査により、横田めぐみさんの夫が昭和53年に韓国より拉致された当時高校生の韓国人拉致被害者・金英男(キム・ヨンナム)氏である可能性が高いことが判明した。

※「白い翼でも黒い翼でも、赤い翼でも青い翼でも、何でも結構なんで、帰って来られる翼をめぐみに与えてほしい」
横田早紀江さん。拉致被害者横田めぐみさんの母)