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【みんな生きている】救う会埼玉編/産経新聞

若い世代に北朝鮮拉致問題を知ってもらおうと、7月26日、さいたま市で開かれる交流イベントに親子連れで参加できるコーナーが出展する。横田めぐみさん(拉致当時13歳)の両親、滋さんと早紀江さんが子供たちに向けたメッセージ映像が初公開され、拉致を分かりやすく学べる冊子なども無料で配られる。
「家族が一緒に生活することは本当はすごく幸せなこと」。メッセージ映像で横田さん夫妻は「宝物」だっためぐみさんへの思い、未来を背負う子供たちへの願いを優しく語りかける。
このコーナーは、夏休みの子供や保護者らを対象にした交流イベントで、北朝鮮に拉致された日本人を救出する埼玉の会(救う会埼玉)が出展。めぐみさん拉致を題材にしたアニメや、救う会埼玉などが横田さん夫妻にインタビューして新たに制作したメッセージ映像も初めて公開される。
また、拉致の経緯や背景をまとめた冊子を無料配布。一問一答形式の設問や分かりやすい資料集も付け、子供の視点で拉致を学べるコーナーとなっている。
救う会埼玉の竹本博光代表は

「子供や若い保護者の方々が理解を深める機会になれば幸い。冊子は夏休みの自由研究にも活用できる」

と来場を呼びかけた。
イベントは26日午前10時~午後4時、JR浦和駅東口の複合公共施設「コムナーレ」9階の市民活動サポートセンターで開催。
拉致問題のコーナーは約1時間で1コマを6回行う。

◆昭和52(1977)年11月15日
少女拉致容疑事案
被害者:横田めぐみさん(拉致被害時13歳)
新潟市において下校途中に失踪。
平成16年11月に開催された第3回実務者協議において、北朝鮮側はめぐみさんが1994(平成6)年4月に死亡したとし「遺骨」を提出したが、めぐみさんの「遺骨」とされた骨の一部からは同人のものとは異なるDNAが検出されたとの鑑定結果を得た。
平成18年4月には日本政府の実施したDNA検査により、横田めぐみさんの夫が昭和53年に韓国より拉致された当時高校生の韓国人拉致被害者・金英男(キム・ヨンナム)氏である可能性が高いことが判明した。

※「拉致された人たちが家族のところに帰るのは人間として当たり前のこと」
横田早紀江さん。拉致被害者横田めぐみさんの母)

◆昭和53(1978)年6月頃
李恩恵(リ・ウネ)拉致容疑事案
被害者:田口八重子さん(拉致被害時22歳)
昭和62年11月の大韓航空機(KAL)爆破事件で有罪判決を受けた元北朝鮮諜報員金賢姫(キム・ヒョンヒ)氏は「李恩恵(リ・ウネ)」という女性から日本人の振る舞い方を学んだと主張している。この李恩恵は行方不明となった田口さんと同一人物と考えられる。
北朝鮮側は、田口さんは1984(昭和59)年に原 敕晁さんと結婚し、1986(昭和61)年の原さんの病死後すぐに自動車事故で死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。
平成21年3月、金賢姫氏と飯塚家との面会において、金氏より田口さんの安否にかかる重要な参考情報(注)が新たに得られたことから、現在、同情報についての確認作業を進めている。
(注)金氏の発言:「87年1月にマカオから帰ってきて、2月か3月頃、運転手から田口さんがどこか知らないところに連れて行かれたと聞いた。86年に一人暮らしの被害者を結婚させたと聞いたので、田口さんもどこかに行って結婚したのだと思った」

※「八重子さんが北朝鮮南浦港に着いたとき、女性通訳に“私には子供が二人いて、どうしても日本に帰らなくてはならないので、返してほしい”と何回も言ってお願いしたそうです。八重ちゃんの思いは最初から最後まで子供のことでいっぱいでしたし、今でも間違い無く“今、彩ちゃんはいくつになって、耕ちゃんはいくつになった”と毎年計算して、どんな大人になったか知りたがっているはずです。すごく会いたがっていると思います」
拉致被害者・地村富貴恵さんの証言)

《特定失踪者・藤田 進さんについて》
※国連人権理事会が調査要請を受理した事案
◆氏名:藤田 進
(ふじたすすむ)
◆失踪年月日:昭和51(1976)年2月7日
◆生年月日:昭和31(1956)年6月16日
◆性別:男
◆当時の年齢:19歳
◆当時の身分:東京学芸大学教育学部1年生
◆当時の住所:埼玉県川口市南町
◆特徴:
1)家ではあまりしゃべらないタイプ
2)ギターがうまかった
◆失踪場所:埼玉県川口市の自宅

【失踪状況】
失踪当日6:30~7:00頃、以前から言っていた新宿のガードマンのバイトに行くといって服を持って家を出たまま帰らず。
後に新宿にある全ての警備会社に電話で問い合わせたが該当者はいなかった。
脱北者北朝鮮から持ち出した写真が鑑定の結果、藤田 進さんである可能性が極めて高いことが判明。
平成16年1月28日、埼玉県警に告発状提出。

《特定失踪者・佐々木正和さんについて》
◆氏名:佐々木 正和
(ささきまさかず)
◆失踪年月日:昭和62(1987)年11月末
◆生年月日:昭和25(1950)年8月15日
◆性別:男
◆当時の年齢:37歳
◆身長:168cm
◆当時の身分:家庭教師、塾講師をしていた。(正確には不明)
◆当時の住所:埼玉県大宮市宮原町(現・さいたま市北区宮原町)
◆特徴:30歳の時に胃ガンの手術。胸に赤くて四角の5cm位の疣。
◆失踪場所:埼玉県大宮市?

【失踪状況】
昭和62年11月末日、アパートの大家と話をした後、不明。
1人暮らしのためはっきりした日時がわからない。
大家から12月に連絡があった。
部屋の中は荒らされていない。
現金10万円が部屋にあり、預金もそのまま。
免許証も置いたまま。
家族とは数ヶ月に一度顔を見る程度だった。

《特定失踪者・江原信明さんについて》
◆氏名:江原 信明
(えばらのぶあき)
◆失踪年月日:昭和63(1988)年5月9日
◆生年月日:昭和34(1959)年9月12日
◆性別:男
◆当時の年齢:28歳
◆身長:177cm
◆体重:63kg
◆当時の身分:農業
◆当時の住所:埼玉県南埼玉郡白岡町
◆特徴:
1)髪は多めでややくせがある。白髪が多かったので黒く染めていた。
2)前歯は銀色のものをかぶせていた。
3)タバコ、酒はほとんどやらない。
4)電気工事士アマチュア無線普通自動車の免許あり
◆趣味:釣り
◆失踪場所:埼玉県南埼玉郡白岡町の自宅

【失踪状況】
「たまには大宮にでも行って映画を観てくる」と白岡町の実家を出たまま失踪。

《特定失踪者・矢島克己さんについて》
◆氏名:矢島 克己
(やじまかつみ)
◆失踪年月日:平成元(1989)年8月26日
◆生年月日:昭和40(1965)年4月4日
◆性別:男
◆当時の年齢:24歳
◆身長:165cm~167cm
◆体重:48kg~50kg
◆当時の身分:大学院生(埼玉大学工学部電気工学科電気物理研究室修士課程2年)
◆当時の住所:埼玉県大宮市植竹町(現・さいたま市北区植竹町)
◆特徴:
1)細身
2)色白
3)近視でコンタクトレンズ使用
4)夜、家では眼鏡
◆失踪場所:北海道網走市小清水原生花園ユース

【失踪状況】
8月21日、自宅を出て列車で小樽へ出発。
22日と23日は先輩と一緒、24日先輩が先に帰り1人、摩周湖釧路ユースホステルに宿泊。
25日小清水原生花園ユースホステル泊。
26日にユースホステルを出発したところまで確認できたが、その後不明。
宿帳の文字も本人の物と確認。一週間の予定で出かけた。

《特定失踪者・佐々木悦子さんについて》
◆氏名:佐々木 悦子
(ささきえつこ)
◆失踪年月日:平成3(1991)年4月22日
◆生年月日:昭和38(1963)年12月6日
◆性別:女性
◆当時の年齢:27歳
◆身長:162cm
◆体重:52kg
◆当時の身分:埼玉銀行パート
◆当時の住所:埼玉県浦和市(現・さいたま市浦和区
◆特徴:
1)左目の下に泣きぼくろあり
2)両手共ふっくらとしているが指先が細い
◆失踪場所:埼玉県浦和市

【失踪状況】
「仕事へ行く」と言って埼玉県浦和市の家を出たまま失踪。
当日は休みをとっていた。
平成16年1月29日、埼玉県警に告発状提出。

《特定失踪者・小野寺将人さんについて》
◆氏名:小野寺 将人
(おのでらまさと)
◆失踪年月日:平成3(1991)年7月19日
◆生年月日:昭和42(1967)年2月15日
◆性別:男
◆当時の年齢:24歳
◆身長:171cm
◆体重:60kg
◆当時の身分:ホテル勤務
◆当時の住所:北海道登別市
◆特徴:
1)交通事故の後遺症で左目の視力がない
2)眼鏡をかけているかも知れない
3)アレルギー体質で喘息の発作を起こす
◆失踪場所:北海道富良野

【失踪状況】
富良野ラベンダー祭に登別駅からレンタカーで出発し、その後消息を絶つ。
1泊2日の予定だったがホテルが取れず車中泊
同21日室蘭警察署に捜索願いを出す。
10月26日十勝岳中腹のホテルの駐車場でレンタカー発見。免許証は見つかっていない。
銀行預金も引き出されていない。
北朝鮮にいるとの不確定情報がある。



拉致事件、捜査の現状】
北朝鮮による拉致事件を巡り、日本の警察はこれまで実行犯や指示役として北朝鮮の元工作員たち合わせて11人を国際手配しています。
拉致には金正日キム・ジョンイル)総書記が掌握していた対外情報調査部と呼ばれる工作機関が組織的に関わっていた疑いが強いと見て捜査を続けています。
このうち、福井県の地村保志さん・富貴恵さん夫妻を拉致した実行犯として元工作員辛光洙シン・グァンス)容疑者が手配されています。
また、大阪府の原 敕晁さんが拉致された事件では、辛容疑者とともに金吉旭(キム・キルウク)容疑者も共犯者として手配されています。
この他、東京都の久米 裕さん拉致事件では金世鎬(キム・セホ)容疑者が、新潟県曽我ひとみさん拉致事件にはキム・ミョンスク容疑者がそれぞれ関わったとして手配されています。
北海道出身の渡辺秀子さんの子供2人の拉致事件では、工作員グループのリーダー格で北朝鮮にいると見られる洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子容疑者が手配されています。
新潟県の蓮池 薫さん・祐木子さん夫妻の拉致事件ではチェ・スンチョル容疑者が実行犯として手配されている他、金総書記が掌握していた対外報調査部と呼ばれる北朝鮮の工作機関の幹部であるハン・クムニョン容疑者とキム・ナンジン容疑者が拉致の実行を指示したとして手配されています。
ハン容疑者たちは工作機関で「指導員」と呼ばれる立場で、辛光洙容疑者たちもこの組織の一員だったことがわかっており、警察は北朝鮮が組織的に拉致を実行した疑いが強いと見て捜査を続けています。
よど号ハイジャック事件のメンバーたちも1980年代にヨーロッパで相次いだ3人の日本人拉致に関わった疑いで国際手配されています。
このうち、有本恵子さん拉致事件では魚本公博(安部公博)容疑者が、石岡 亨さんと松木 薫さん拉致事件ではよど号メンバーの妻の森 順子・若林佐喜子両容疑者がそれぞれ手配されています。