もずの独り言・はてなスポーツ+物置

半蔵ともず、はてなでも独り言です。

【みんな生きている】駐英公使亡命編/TSS

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《インチキ遺骨ではなくて、拉致被害者を返せ!駐英北朝鮮大使館No.2が亡命 脱北した外交官としては最高クラス》

イギリスの北朝鮮大使館のNo.2が韓国に亡命したことを、韓国政府が8月17日、明らかにしました。過去に脱北した外交官としては最高クラスとなっています。
韓国統一省(統一部)スポークスマンは

「最近、テ・ヨンホ公使が夫人・子どもとともに韓国に入国した」

と話しました。
韓国統一省によると、亡命したのはイギリスの北朝鮮大使館で大使に次ぐ地位にあったテ・ヨンホ公使で、動機については、金正恩キム・ジョンウン)体制に対する嫌気や、子どもの将来のことを挙げているとしています。
統一省は、亡命の背景について、

北朝鮮の体制が限界に至っているという認識が、社会の中心的な階層の間で広がっているのではないか」

と指摘しています。

■政府拉致問題HP
http://www.rachi.go.jp/
警察庁HP
http://www.npa.go.jp/
広島県警HP
http://www.pref.hiroshima.lg.jp/site/police/
■瀬戸内しおかぜの会ブログ
http://setouchishiokaze.blog.fc2.com/
■瀬戸内しおかぜの会facebook
http://ja-jp.facebook.com/setoshio
救う会全国協議会HP
http://www.sukuukai.jp/
特定失踪者問題調査会HP
http://www.chosa-kai.jp/
北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会HP
http://hrnk.trycomp.net/
■特定失踪者・北朝鮮人権ネットワークfacebook
http://www.facebook.com/nknet2015



《特定失踪者・佐々木 薫さんについて》
◆氏名:佐々木 薫
ささきかおる
Kaoru Sasaki)
◆失踪年月日:昭和47(1972)年11月12日
◆生年月日:昭和25(1950)年10月18日
◆性別:男
◆当時の年齢:22歳
◆当時の住所:広島県広島市中区
◆当時の身分:調理師
◆身長:167cmくらい
◆特徴:中肉
◆失踪場所:広島県広島市

【失踪状況】
当時、広島市在住。
1972(昭和42)年11月11日、祭りで広島の実家に帰省。
翌12日、広島市に帰る。
広島市に帰った2~3日後、知人女性に「急に京都に行かなければならなくなった」と電話をかける。
また何日後かに知人女性に「京都から帰れなくなった」と電話を掛けた後、所在不明となる。
1~2ヵ月後、知人女性から実家に「薫さんから京都から(広島市に)戻れなくなったと連絡があったが広島(三和町)に帰っていないか?」旨の電話が実家にある。
1984(昭和59)年、女性から実家に「薫さんは居られますか?」との電話がある。
1991(平成3)年正月、差出人が薫さんになっている年賀状が兵庫県相生市在住の叔父宅に届くが、記載されていた愛媛県今治市の住所は実在の住所だが別人が住んでいた。
京都府警HP
http://www.pref.kyoto.jp/fukei/
兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
愛媛県警HP
http://www.police.pref.ehime.jp/

【荒木和博・特定失踪者問題調査会代表による佐々木 薫さん失踪事件の解説】
◆年賀状は拉致実行犯の偽装
「遺留品」という言い方が適当かどうか分かりませんが、失踪後親戚に佐々木 薫さんの名前で届いた年賀状で、差し出し人は薫さんなのですが、薫という字が間違っており筆跡も本人のものではありません。住所もそこに住んでいるのは別人でした。誰かが何かの目的で送ったとしか考えられません。
拉致であれば攪乱を狙ったものと思われます。少なくとも本人の意図と異なる第三者の意志が加わったことは間違いありません。他にも同様のケースは多数あり、あらためてこれらのパターンについても見直しが必要だと思います。

《特定失踪者・花田昭博さんについて》
◆氏名:花田 昭博
(はなだあきひろ)
(Akihiro Hanada)
◆失踪年月日:昭和59(1984)年9月24日
◆生年月日:昭和41(1966)年4月5日
◆性別:男性
◆当時の年齢:18歳
◆当時の住所:広島県大竹市
◆当時の身分:高校3年生
◆身長:169cm
◆特徴:
1)中肉中背
2)左眉毛上に米粒大のほくろ
3)一重瞼
◆失踪場所:当時居住していた自宅から

【失踪状況】
失踪当日自宅テーブルの上に「釣りに行きます」との書置きを残し、朝5時~6時頃家を出たまま行方不明となる。
本人は留守にするときには必ず書き置きをしていた。
当日は学校は休みだった。
1週間後、自宅から33km離れた山口県大島大橋山口県柳井市と大島郡周防大島町間の大畠瀬戸に架かる橋)の中央近く車道部分に本人の自転車と釣り竿が放置されていた。
釣りが趣味だったが、通常はほとんど1人で出かけており、たまに2歳年上の友人と行ったこともあった。通常行く先は自転車で行ける範囲の大竹海岸だった。
本人が小学生のとき、お父さんとお父さんの知人、その子供たちで大島大橋を渡って島内に入り釣りをしたことが何度かあるが1人で大島まで釣りに行ったことはなかった。
自宅には小遣い7,000円~8,000円が残されていた。
間違い電話の可能性はあるが失踪後何度か無言電話はあった。

【荒木和博・特定失踪者問題調査会代表による花田昭博さん失踪事件の解説】
花田昭博さんの自転車が見つかった大島大橋に行ってみて分かったことがいくつかあります。
◆自転車が置かれていたのは長い橋の真ん中近いところで、自宅から実測値で33キロ、車で約1時間。道が狭く交通量の多い国道2号線を自転車で行けば3~4時間かかる。本人が朝家を出て自分でここに向かったとは考えにくい。
◆自転車が置かれたのは車道で、歩道との境のガードレールに寄せて置かれてあった。全長約1キロの長い橋の本土側から約5分の1の地点。下は海である。餌箱なども持って出たと思われるが自転車と一緒にあったのは釣り竿だけだった。
◆お父さんの話では当時橋の欄干にハの字型に靴の跡があったという。欄干の高さは1メートル20~30センチ程度あり、乗り越えるにしても片足をかけるはずで両足の跡がつくとは考えにくい。
以上から考える限り自殺を偽装したものである可能性が高いと思われます。また、偽装の仕方の稚拙さは同時期の山本美保さんや秋田美輪さんの遺留品とも通じるものがあります。
現時点では花田昭博さんの失踪に北朝鮮と直接つながる情報はありません。
今後公開になったことによって当時の知人などからの情報が集まることを期待しています。

《特定失踪者・田辺真理子さんについて》
◆氏名:田辺 真理子
(たなべまりこ)
(Mariko Tanabe)
◆失踪年月日:平成8(1996)年9月27日
◆生年月日:昭和43(1968)年11月14日
◆性別:女性
◆当時の年齢:27歳
◆当時の住所:広島県広島市中区
◆当時の身分:販売員(ブティック)
◆身長:155cm
◆体重:55kg
◆特徴:
1)髪は染めていないが少し赤茶けている
2)コンタクトレンズ使用
◆失踪場所:広島県広島市中区

【失踪状況】
平成8年9月27日午後8時頃、勤務先のブティック閉店後、同僚に売り上げ等のメールを発信し帰宅したものと思われるが、翌日から出勤しないまま行方不明となる。
勤務先のあった広島市中区本通りから自宅までの間の道でいなくなったと思われる。
田辺さんが1人で店にいることが月の半分くらいあり、失踪当日も1人だった。
両親が毎朝モーニングコールをしていたが、28日はいくらしても出なかった。
両親が広島に行き部屋を見たが、帰った様子がない。
現金50万円が置いてあった。

《特定失踪者・和田佑介さんについて》
◆氏名:和田 佑介
(わだゆうすけ)
(Yu-suke Wada)
◆失踪年月日:平成14(2002)年5月7日
◆生年月日:昭和52(1977)年1月30日
◆性別:男
◆当時の年齢:25歳
◆当時の住所:広島県広島市佐伯区
◆当時の身分:会社員
◆身長:172cm
◆体重:80kg
◆失踪場所:広島県広島市佐伯区

【失踪状況】
5月7日、会社から無断欠勤していると連絡がある。
その後行方が分からず。
アパートは、冷蔵庫湯沸しポットなど、全て電気も入れてあり、普通どおりの生活感があり、ちょっと外へ出ると言ったような様子。携帯電話、銀行通帳、キャッシュカード、ガソリンカード、免許証、タバコ入れは無かった。
失踪前日まで、全く変わった様子はなかった。
島根県警HP
http://www.pref.shimane.lg.jp/police/

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(Minoru Tanaka)
(拉致被害時28歳)
※This person was Abduction by North Korea
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。
兵庫県警HP
http://www.police.pref.hyogo.lg.jp/
救う会兵庫HP
http://www.sukuukai078.net/04.html



【SEA OF MERCY】
The book named “Sea of Mercy”
13-year- old junior high school student Takeshi Terakoshi was abducted in May 1963.
He went fishing with his two uncle, Shoji and Soto-o Terakoshi. The fishingboat named Kiyomaru left for the fishing ground nearby Noto island, Ishikawa prefecture.
Kiyomaru encountered North Korean spy vessel. Spies were afraid of detection.
Soto-o and Takeshi were abducted and carried to Chong-jin city. Shoji was considered to be killed at the site.
Families, fellow fishermen and coast guard searched the area, but they could find only Kiyomaru and Takeshi’s school uniform.
They thought 3 persons were in disress and died. Funeral service was held.24 Years were passed.
In 1987, Soto-o’s sister received the letter from Soto-o and surprised.
Soto-o wrote “Takeshi and I am living in Gusong, North Korea”.
Takeshi’s father and mother visited to North Korea in1988 and met with Soto-o and Takeshi.
But they couldn’t say how they carried to North Korea because NK officials watched them.
North Korea made the story of their shipwreck accident and lifesaving.
Since then, Takeshi’s parents visited to him a lot of times but Takeshi and his family members cannot say that Takeshi and his uncles were abducted.
In 1997, Megumi Yokota case was appeared in the media and the national congress. Terakoshi’s case was also observed as an abduction case. But “he” denied that he was abducted and praised North Korea and the Kim family.
In December 2001, Pyongyang publishing company published a book named “Sea of Mercy”.
The author is Kim Myong-ho, Takeshi’s Korean name.
In that book, Takeshi wrote that they are not the abduction victims but happily living in North Korea after they ware saved. Moreover “he" denied other abduction case such as Megumi Yokota and Yaeko Taguchi in this book.
Nine months later, Kim Jong-il admitted and appologized for the abduction activities.
But North Korea still denies Terakoshi’s case as abduction and Takeshi and his family cannot say he was abduction victim because Takeshi himself is a hostage.
“Sea of Mercy”, the title is a symbol of North Korean regime.