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【みんな生きている】茨城新聞論説編/茨城新聞

《拉致は人権侵害の総本山!【論説】拉致問題の行方 合意を形骸化させるな》

北朝鮮が日本人拉致被害者や特定失踪者を含む日本人に関する全面的な調査で日本と合意してから1年。当初は昨年秋をメドとしていた初回の調査報告は先送りされたままで、相互不信と対立だけが増幅している。日本政府は「対話と圧力」の原則を維持しながら、合意が形骸化しないよう北朝鮮への多様なアプローチを検討すべきだ。
合意履行の実際のプロセスは、昨年7月に北朝鮮が特別調査委員会を設置し調査を開始、これに応じて日本が北朝鮮への人的往来規制など制裁の一部を解除したことで始まった。日本の政府代表団が訪朝したり、中国など第三国で非公式に接触したりするなどの動きはあったが、日本が最も重視する日本人拉致被害者に関する情報は提示されていない。拉致被害者の調査こそが合意の核心だということを北朝鮮は認識し、早急に調査内容を報告すべきだ。
北朝鮮拉致問題以外の残留日本人や日本人妻の処遇、終戦前後に北朝鮮地域で亡くなった日本人遺骨の調査など人道的な分野を先行させる構えだが、これでは合意そのものの意義が否定されかねない。北朝鮮拉致問題や特定失踪者の調査を曖昧にしたまま、人道分野の調査をてことして、制裁の追加解除や人道支援を日本から引き出そうと考えているのなら、とんでもない誤算だ。
拉致被害者の入国時期やどこにいたのかなど、これまでも日本に説明してきた経緯を再調査することはいくらでもできるはずだ。合意では、北朝鮮からの報告内容に応じ、日本の担当者が訪朝することも盛り込まれている。拉致問題解決に向けたスタートは、実質的にはここからだ。
加えて拉致被害者家族は高齢化しており、一刻の猶予も許されない。拉致問題以外でも、今年1月には残留日本人の女性が日本への帰国意思などの調査を受け期待が高まっていたところで死亡した。合意履行の足踏みは当事者、関係者にとってこの上なく残酷だ。
北朝鮮は3月に在日本朝鮮人総連合会朝鮮総連)の関連企業によるマツタケ不正輸入事件の捜査が本格化、許宗萬(ホ・ジョンマン)議長の自宅などが家宅捜索を受けたことに反発し、日・朝政府間の対話が「困難になった」などとけん制を強めている。
事件捜査を圧力強化の一環と受け止めているのだろう。しかし、捜査は日本人に関する全面的な調査に合意した昨年5月に関係先の家宅捜索を行うなど既に着手されていた。北朝鮮もこうした状況を織り込み済みで合意したはずだ。事件をめぐる駆け引きに合意履行を絡ませるべきではない。
気になるのは韓国政府が最近、北朝鮮金正恩キム・ジョンウン)第1書記を支える高官らが相次いで粛清されているとの情報を公開したことだ。権力内部で何らかの変動が起きていることが事実とすれば、すべての機関を調査できるとされている特別調査委員会の活動にも否定的な影響を及ぼさないか懸念される。
さらに北朝鮮はこのほど、国連の潘基文(バン・キムン)事務総長に対する訪朝許可を理由は明示しないまま直前になって取り消した。政策決定の過程が見えづらく、行動予測が難しい北朝鮮に対する情報収集にも政府は力を入れるべきだろう。そのためにも北朝鮮が関係強化を進めているロシアとの情報交換も必要だ。



《特定失踪者・小林 榮さんについて》
◆氏名:小林 榮
(こばやしさかえ)
◆失踪年月日:昭和41(1966)年8月21日
◆生年月日:昭和18(1943)年4月29日
◆性別:男
◆当時の年齢:23歳
◆身長:160cm
◆体重:60kg
◆当時の身分:印刷会社社員
◆当時の住所:東京都千代田区神田猿楽町
◆特徴:
1)昭和41年頃、「ボクシングをやるためにジムに入る」と言っていた。
2)活動的で中学時代は陸上部に入りマラソンなどをしていた。
◆失踪場所:東京都千代田区

【失踪状況】
数日来体調を崩し仕事は休んでおり、当時住み込みで働いていた印刷会社から「医者に行く」と会社の者に言い残し外出したまま行方不明になっている。
失踪する心当たりはなく、身の周りのもの、荷物などいつもの通りだった。
失踪1カ月して勤務先の社長から失踪した旨の手紙が実家に来た。
昭和35年頃から失踪当時の印刷会社で働いていた。

《特定失踪者・根本直美さんについて》
◆氏名:根本 直美
(ねもとなおみ)
◆失踪年月日:昭和62(1987)年6月20日
◆生年月日:昭和47(1972)年1月15日
◆性別:女性
◆当時の年齢:15歳
◆身長:168cm
◆体重:52kg
◆当時の身分:高校1年生
◆当時の住所:茨城県藤代町
◆特徴:
1)やせ形
2)近視
3)右のももに子供の頃やけどの跡が薄く残っている
◆失踪場所:茨城県藤代町の自宅近く

【失踪状況】
テニス部の部活を終え下校する。
途中まで友達と一緒に帰り、午後7時頃その友達と別れて以後行方不明。
友達と別れた交差点から自宅までの中間地点にある神社の近くで自転車と本人のバッグが見つかった。

《特定失踪者・松岡伸矢さんについて》
◆氏名:松岡 伸矢
(まつおかしんや
◆失踪年月日:平成元(1989)年3月7日
◆生年月日:昭和59(1984)4月13日
◆性別:男
◆当時の年齢:4歳
◆当時の住所:茨城県牛久市
◆特徴:
1)左利き
2)右眉上に米粒大のうすい傷跡
◆失踪場所:徳島県美馬郡貞光町の親戚宅前

【失踪状況】
前日3月6日、両親と共に徳島県小松島市で祖母の葬式に出席。その夜は親戚宅で就寝。
朝起きて8時15分頃、父・姉・弟・従姉妹と親戚宅前を数分散歩。玄関から入ってこなかったので、父は抱いていた弟を家の中の母に渡し、すぐに玄関先に出てみたが、そこにいたはずなのにいなくなっていた。
すぐに家族で手分けして探し、昼過ぎには警察に通報し、警察犬も出動。警察・消防・地元市民による大規模な山狩りもしたが消息不明。
3月15日頃の夜、親戚宅にいる母親宛に徳島弁の女性から不審な電話があった。
13年間テレビ番組などを通じ探したが手がかりなし。
また、平成元年4月の終わりか5月の終わりに徳島県海部郡日和佐町の弁天浜の岸壁で「伸矢さんによく似た子供を抱いて海を見ていた不審な男性を目撃した」という情報がある。
日和佐は北朝鮮の船が来航する港の一つ。

《特定失踪者・松井綾子さんについて》
◆氏名:松井 綾子
(まついあやこ)
◆失踪年月日:平成10(1998)年12月3日
◆生年月日:昭和51(1976)年9月14日
◆性別:女性
◆当時の年齢:22歳
◆身長:156cm
◆当時の身分:臨床検査技師として病院に勤務
◆当時の住所:茨城県水戸市元吉田町
◆特徴:近視
◆失踪場所:茨城県水戸市のアパート

【失踪状況】
12月3日8:20、病院に「調子が悪いので休む」と電話があった。
4日病院を無断欠勤。
検査課の人がアパートへ確認に行く。
車なし、ドア施錠。
病院から実家に電話があり、家族が部屋に入るが室内物色された形跡なし。
12月4日8:28、国道6号線茨城町のGSで給油(本人自筆で確認)。
12:05、ローソン調子黒生店で昼食購入。
12月15日に神栖町海浜公園多目的広場駐車場で自家用車発見。
運転席側のロックなし、6,000円入りの財布が助手席に置かれた黒バックに残されていた。

茨城県警公開特定失踪者・澤田美智子さんについて》
◆氏名:澤田 美智子
(さわだみちこ)
◆当時の年齢:19歳
◆当時の職業:元会社員
◆当時の住所:茨城県日立市
福島県いわき市出身
◆身長:150cm

【失踪状況】
昭和47年2月27日、会社の寮から出かけたまま行方不明となっています。

《特定失踪者・田中正道さんについて》
◆氏名:田中 正道
(たなかまさみち)
◆失踪年月日:平成5(1993)年6月7日
◆生年月日:昭和23(1948)年6月28日
◆性別:男
◆当時の年齢:44歳
◆身長:168cm
◆体重:55kg
◆当時の身分:建設業(鍛冶工、鳶職)
◆当時の住所:茨城県久慈郡金砂郷村
◆特徴:やせ型
◆特技:測量、ガス、足場、玉掛の技術を持っている
◆失踪場所:千葉県習志野市

【失踪状況】
5月16日、「急性アルコール中毒になり入院した」との連絡が千葉県の病院から鹿児島に住む家族にあった。
入院中病院より連絡があり「身内が近くにいないので、他の人より長く入院させるから」と言われ、6月3日まで入院した。
退院前に主治医から鹿児島の妹に電話があり「そろそろ退院する。妹の世話にはなりたくないと言っているので、病院の方で仕事を紹介します」と言われた(後に主治医は「そういう話はしていない」と言っている)。
6月2日、本人より「明日退院するので、免許の更新に茨城に行ってくる」と連絡があった。
6月6日、茨城県交通協会で講習を受けたことは免許証にて確認。
6月7日千葉市内の友人宅に寄り、「今から仕事に行く」と言って出ていったのが最後。
同年6月11日、本人の車が習志野市内の路上に放置してあるとの連絡があった。車は慌てたように斜めに放置、キーがついたまま、ドアの鍵も開いており、後輪がパンクしていた。
車内には免許証、保険証、預金通帳印鑑、入院時の下着類、仕事着、アドレス帳があった。車が置かれたのは10日夜半か11日早朝と思われる。
北朝鮮にいるとの不確定情報がある。



拉致事件、捜査の現状】
北朝鮮による拉致事件を巡り、日本の警察はこれまで実行犯や指示役として北朝鮮の元工作員たち合わせて11人を国際手配しています。
拉致には金正日キム・ジョンイル)総書記が掌握していた対外情報調査部と呼ばれる工作機関が組織的に関わっていた疑いが強いと見て捜査を続けています。
このうち、福井県の地村保志さん・富貴恵さん夫妻を拉致した実行犯として元工作員辛光洙シン・グァンス)容疑者が手配されています。
また、大阪府の原 敕晁さんが拉致された事件では、辛容疑者とともに金吉旭(キム・キルウク)容疑者も共犯者として手配されています。
この他、東京都の久米 裕さん拉致事件では金世鎬(キム・セホ)容疑者が、新潟県曽我ひとみさん拉致事件にはキム・ミョンスク容疑者がそれぞれ関わったとして手配されています。
北海道出身の渡辺秀子さんの子供2人の拉致事件では、工作員グループのリーダー格で北朝鮮にいると見られる洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子容疑者が手配されています。
新潟県の蓮池 薫さん・祐木子さん夫妻の拉致事件ではチェ・スンチョル容疑者が実行犯として手配されている他、金総書記が掌握していた対外報調査部と呼ばれる北朝鮮の工作機関の幹部であるハン・クムニョン容疑者とキム・ナンジン容疑者が拉致の実行を指示したとして手配されています。
ハン容疑者たちは工作機関で「指導員」と呼ばれる立場で、辛光洙容疑者たちもこの組織の一員だったことがわかっており、警察は北朝鮮が組織的に拉致を実行した疑いが強いと見て捜査を続けています。
よど号ハイジャック事件のメンバーたちも1980年代にヨーロッパで相次いだ3人の日本人拉致に関わった疑いで国際手配されています。
このうち、有本恵子さん拉致事件では魚本公博(安部公博)容疑者が、石岡 亨さんと松木 薫さん拉致事件ではよど号メンバーの妻の森 順子・若林佐喜子両容疑者がそれぞれ手配されています。