もずの独り言・はてなスポーツ+物置

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【みんな生きている】日比谷公会堂(11)鈴木克昌編

鈴木克昌(生活の党代表代行兼幹事長。衆議院議員


■政治にも責任がある

もう我慢できない!今年こそ解決を!。本当に会場の皆さん、そして全国の皆さんの思いを結集したこの大会がこうして開催され、またご挨拶をさせていただく機会を得たことに心から感謝申し上げるとともに、改めてこの問題に何としても今回でピリオドを打たなければならない、このことを今強く感じているところです。
北朝鮮は犯罪を犯したんです。そして拉致は犯罪なんです。犯罪を糾す、犯罪を元に戻すことは、人間として、地球人として当たり前のことではないでしょうか。
本当にこのようなことを繰り返してきた我々政治の責任もあると私は改めて感じております。何としても今回を最後に、そして全ての問題が解決すること、このことを改めて皆さんの前で声を大にお約束をさせていただきたいと思います。
リストはあるけれども経済制裁を解除しろとは何事ですか。とんでもない。全く話が逆だと私は思っています。
いずれにしても、最後の最後まで、家族の皆さん、そして拉致されている皆さんが元気に再会ができることを改めてお誓いをしてご挨拶といたします。
頑張りましょう。



《特定失踪者・山口美好さんについて》
◆氏名:山口 美好
(やまぐちみよし)
◆失踪年月日:昭和40(1965)年3月3日
◆生年月日:昭和14(1939)年3月1日
◆性別:男
◆当時の年齢:26歳
◆身長:170cm
◆当時の身分:無職(国鉄職員を退職し、仕事を探していた)
◆当時の住所:大阪府守口市
◆失踪場所:大阪府守口市

【失踪状況】
失踪前日の夜、大阪で別の仕事を始めると言い出し、その仕事を紹介した人物と兄の家を訪れた。
兄は反対し喧嘩になったが、翌日の朝心配して守口市の下宿先を訪ねると、一切の荷物が整理され、本人はいなくなっていた。
身分証明書や現金等が机の上に残されていた。
失踪後、家族が守口市役所を訪問して住民票を確認しようとしたが、原本が見当たらず、市の助役が謝罪するという出来事があった。

《特定失踪者・川満敏弘さんについて》
◆氏名:川満 敏弘
(かわみつとしひろ)
◆失踪年月日:昭和47(1972)年5月
◆生年月日:昭和13(1948)年11月3日
◆性別:男
◆当時の年齢:33歳
◆当時の身分:自動車メーカーの季節労働者。または、港湾荷役作業員
◆当時の住所:愛知県名古屋市港区
◆失踪場所:愛知県名古屋市か神奈川県

【失踪状況】
季節工の他に名古屋市内で荷役の仕事をしていた。
同じ沖縄出身の人が複数いたが仕事が終わって皆沖縄に帰り、川満さんだけが残った(残った理由は不明)。
愛知県名古屋市か神奈川県で働くと言い残し失踪。

《特定失踪者・酒井秀俊さんについて》
◆氏名:酒井 秀俊
(さかいひでとし)
◆失踪年月日:昭和49(1974)年1月16日?
◆生年月日:昭和27(1952)年1月31日
◆性別:男
◆当時の年齢:22歳
◆身長:170cm
◆当時の身分:立命館大学経済学部4年生
◆当時の住所:京都市右京区
◆特徴:
1)中肉中背
2)盲腸の手術跡
◆失踪場所:不祥(当時京都市右京区に下宿)

【失踪状況】
当時両親は転勤族で山形在住、姉は結婚し祖母と一の宮市に住んでいたので、本人の失踪時期は正確にはわからない。
銀行に就職が内定していて、卒論に追われていた。
正月に母や姉の住む山形にも一の宮にも帰省しなかった。
下宿していた部屋はたった今まで生活していたような感じだった。

《特定失踪者・加藤鈴勝さんについて》
◆氏名:加藤 鈴勝
(かとうすずかつ)
◆失踪年月日:昭和52(1977)年10月
◆生年月日:大正11(1922)年2月1日
◆性別:男
◆当時の年齢:55歳
◆身長:170cm
◆体重:56kg
◆当時の身分:設計技師
◆当時の住所:愛知県名古屋市中村区
◆特徴:背中に7cmくらいのお灸の跡が2つ
◆失踪場所:愛知県名古屋市の自宅から

【失踪状況】
失踪した年の秋、加藤さんから次女・京子さんに弾んだ声で電話があったが、その1~2ヶ月後に失踪。
事件ではないかと警察に届けを出した。
その結果、空き巣に何度も入られており、3人分ほど土足の跡があったが、車、免許証、実印、通帳、鍵、衣服、履物があった。
鍵付きのタンスがこじ開けられていて、中にあったはずの株券が1枚も無くなっていた。

《特定失踪者・布施範行さんについて》
◆氏名:布施 範行
(ふせのりゆき)
◆失踪年月日:昭和52(1977)年3月
◆生年月日:昭和29(1954)年2月9日
◆性別:男
◆当時の年齢:23歳
◆身長:180cm
◆当時の身分:アルバイト(プレハブ工事現場)
◆当時の住所:愛知県名古屋市北区
◆特徴:やせ型
◆失踪場所:不詳

【失踪状況】
3月に「沖縄に行く」と書いた手紙が妹にあり、4枚写真が同封。
3カ月前に実家で会ったときとは別人の様相。
「2カ月で帰る」とあったがその後連絡なし。
預金通帳、印鑑も一緒に妹に送付。
昭和53年2月までは実家に電話、手紙あり。同年1月頃、家族に電話で中華風の料理をしてみたいと言っていた。
失踪後、半年か1年後、女性の声で「範行さんいませんか」と電話が2回あった。
平成17年1月31日、山形県警に告発状提出。

《特定失踪者・佐藤正行さんについて》
◆氏名:佐藤 正行
(さとうまさゆき)
◆失踪年月日:昭和61(1986)年10月29日
◆生年月日:昭和33(1958)年12月11日
◆性別:男
◆当時の年齢:27歳
◆身長:170cm
◆体重:60kg
◆当時の身分:製薬会社勤務
◆当時の住所:愛知県名古屋市千種区
秋田県秋田市新屋出身
◆特徴:やや面長で眼鏡とコンタクトレンズを併用
◆失踪場所:愛知県名古屋市千種区の自宅マンション

【失踪状況】
外食店で買い求めた弁当をアパート自室で食事中、部屋着の軽装で外出したまま行方不明。
部屋には財布、自動車免許など一切の身の回りのものは残されていた。

《特定失踪者・加藤悦子さんについて》
◆氏名:加藤 悦子
(かとうえつこ)
◆失踪年月日:平成元(1989)年8月23日
◆生年月日:昭和23(1948)年1月3日
◆性別:女性
◆当時の年齢:41歳
◆身長:160cm
◆体重:55kg
◆当時の身分:看護師
◆失踪場所:愛知県尾張旭市の自宅

【失踪状況】
家族を送り出し、午前中勤務先の医院を無断欠勤。
夕方自宅に「ご飯を作って食べていてくれる?」との電話。
当日夜、夫が鏡台内から「これから旅に出る」という手紙を発見。
翌日には鹿児島の実家、兄弟姉妹、当時から過去の交友関係などすべて調べるが手がかりなし。
いつも持ち歩いていたバックも家にある。
通帳印鑑も同様。
現金を引き出した痕跡なし。
給料前だったので所持金はほとんどない。
看護婦免許も家に置いたまま。
服も持ち出した形跡なし。
性格上自殺は考えにくい。

《特定失踪者・保泉泰子さんについて》
◆氏名:保泉 泰子
(ほいずみやすこ)
◆失踪年月日:平成3(1991)年11月10日
◆生年月日:昭和11(1936)年8月25日
◆性別:女性
◆当時の年齢:55歳
◆身長:143cm
◆体重:43kg
◆当時の身分:看護師
◆失踪場所:愛知県日進市

【失踪状況】
自宅から400~500m先のコンビニに茶葉を購入に行く途中行方不明

《特定失踪者・安西正博さんについて》
◆氏名:安西 正博
(あんざいまさひろ)
◆失踪年月日:平成8(1996)年4月14日
◆生年月日:昭和43(1948)年9月19日
◆性別:男
◆当時の年齢:27歳
◆身長:173cm
◆当時の身分:会社員(荏原製作所
◆当時の住所:愛知県名古屋市名東区
◆栃木県小山市出身
◆特徴:
1)色白
2)笑うと八重歯
3)髪はくせ毛
4)近視で眼鏡をかけている
◆失踪場所:愛知県名古屋市

【失踪状況】
会社の寮から車で出かけ、そのまま行方不明になる。
最後に姿を見たのは寮の管理人。
日曜日だったので、寮の玄関で「安西君、食事はどうする?」と声をかけたら「食べます」と答え、近所に買い物に行くような感じで車で出かけた。
前日買った単行本3冊が机の上に置いたまま。レシートも挟んであった。
行方不明になる1週間前に実家に電話、「4月下旬に大学時代の友人の結婚式が九州であり、それに出席してから帰省するのでゴールデンウィーク後半に帰る、お土産を買っていく」と話していた。
3ヶ月後、寮を引き揚げるとき礼服の内ポケットに祝儀袋が入っていた。
自ら消息を絶つとは考えられない。