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【みんな生きている】COI編/読売新聞

北朝鮮の人権に関する国連調査委員会(COI)は2月17日、北朝鮮による外国人の拉致等に関して、国家政策に基づく組織的な人権侵害が裏付けられたとする最終報告書を公表した。
北朝鮮の人権侵害は「人道に対する罪」だとし、国連安全保障理事会に対し、金正恩キム・ジョンウン)第1書記を含む北朝鮮指導部の個人責任を追及するため、国際刑事裁判所(ICC)へ付託することを勧告した。


■国際刑事裁付託を勧告

調査委は2013年3月、国連人権理事会で設置が決まり、日本、韓国、イギリス、アメリカで公聴会を開いた他、脱北者ら240人以上にインタビューを行って、証言を集めた。
日本人等外国人の拉致について「最高指導者の承認を得てきた」と認定。北朝鮮がこれまで主張してきたような、一部の特殊部隊の暴走行為等ではなく、「国家政策に基づいて行われてきた」との見解を初めて明確に示した。

《特定失踪者・酒井秀俊さんについて》
◆氏名:酒井 秀俊
(さかいひでとし)
◆失踪年月日:昭和49(1974)年1月16日?
◆生年月日:昭和27(1952)年1月31日
◆性別:男
◆当時の年齢:22歳
◆身長:170cm
◆当時の身分:立命館大学経済学部4年生
◆当時の住所:京都市右京区
◆特徴:
1)中肉中背
2)盲腸の手術跡
◆失踪場所:不祥(当時京都市右京区に下宿)

【失踪状況】
当時両親は転勤族で山形在住、姉は結婚し祖母と一の宮市に住んでいたので、本人の失踪時期は正確にはわからない。
銀行に就職が内定していて、卒論に追われていた。
正月に母や姉の住む山形にも一の宮にも帰省しなかった。
下宿していた部屋はたった今まで生活していたような感じだった。

《特定失踪者・加藤鈴勝さんについて》
◆氏名:加藤 鈴勝
(かとうすずかつ)
◆失踪年月日:昭和52(1977)年10月
◆生年月日:大正11(1922)年2月1日
◆性別:男
◆当時の年齢:55歳
◆身長:170cm
◆体重:56kg
◆当時の身分:設計技師
◆当時の住所:愛知県名古屋市中村区
◆特徴:背中に7cmくらいのお灸の跡が2つ
◆失踪場所:愛知県名古屋市の自宅から

【失踪状況】
失踪した年の秋、加藤さんから次女・京子さんに弾んだ声で電話があったが、その1~2ヶ月後に失踪。
事件ではないかと警察に届けを出した。
その結果、空き巣に何度も入られており、3人分ほど土足の跡があったが、車、免許証、実印、通帳、鍵、衣服、履物があった。
鍵付きのタンスがこじ開けられていて、中にあったはずの株券が1枚も無くなっていた。

《特定失踪者・布施範行さんについて》
◆氏名:布施 範行
(ふせのりゆき)
◆失踪年月日:昭和52(1977)年3月
◆生年月日:昭和29(1954)年2月9日
◆性別:男
◆当時の年齢:23歳
◆身長:180cm
◆当時の身分:アルバイト(プレハブ工事現場)
◆当時の住所:愛知県名古屋市北区
◆特徴:やせ型
◆失踪場所:不詳

【失踪状況】
3月に「沖縄に行く」と書いた手紙が妹にあり、4枚写真が同封。
3カ月前に実家で会ったときとは別人の様相。
「2カ月で帰る」とあったがその後連絡なし。
預金通帳、印鑑も一緒に妹に送付。
昭和53年2月までは実家に電話、手紙あり。同年1月頃、家族に電話で中華風の料理をしてみたいと言っていた。
失踪後、半年か1年後、女性の声で「範行さんいませんか」と電話が2回あった。
平成17年1月31日、山形県警に告発状提出。

《特定失踪者・秋田美輪さんについて》
◆氏名:秋田 美輪
(あきたみわ)
◆失踪年月日:昭和60(1985)年12月4日
◆生年月日:昭和39(1964)年1月29日
◆性別:女性
◆当時の年齢:21歳
◆身長:155cm
◆体重:43kg
◆当時の身分:神戸松陰女子大学文学部国文科4回生
◆当時の住所:兵庫県川西市湯山台
◆特徴:両眼とも眼鏡をかけて視力1.2
◆失踪場所:兵庫県神戸市神戸松陰女子大学校門(阪急神戸線六甲)

【失踪状況】
大学で午前の授業を受けた後、1時過ぎに学食で友人と食事をとり校門近くで友人と別れた。
夜8時過ぎに「友人宅へ泊まる」との電話が家にある(実際には泊まっていない)。
翌日朝8時15分兵庫県城之崎署から竹野町弁天浜で本人のバッグ発見との連絡。
当時は自殺とされたが、何も見つかっていない。
バックの置いてあったところから海岸に10メートル位足跡があった。
発見される前に雨が降ったがバックも近くにあった本人の靴も濡れていなかったという。
地形や潮の流れから入水自殺であれば遺体が上がるはず。
竹野浜、竹野駅、城崎駅で目撃者がいなかった。
平成15年11月13日、兵庫県警に告発状提出。
秋田美輪さんをただ単に行方不明者とするには、あまりにも不自然ないくつかの疑問点が残されている。
まず、残された美輪さんのバッグの中には急行券があった。
この急行券の使用距離範囲は大阪駅から150km。これではせいぜい城之崎までしか行けず、弁天浜までは30km程度足りない。
この急行券は、当時の改札口を通過したことを示す入挟・押印が無く、未使用のままだった。また、財布の中には定期代の1万8千円がそのまま残っていた。
そして、神戸松蔭女子学院大学内の美輪さんのロッカーの中から、失踪日の数日後に提出することになっていたレポートが発見される。
これらは状況証拠に過ぎないが、それでも単なる行方不明者として考えるには疑問を持たざるを得ない。
さらに、美輪さんが行方不明になった前後、現場付近の浜辺でスーツ姿の男が無線機のような機器を使って朝鮮語で交信していたことが『産経新聞』の記事で明らかになっている。
この男は北朝鮮工作員とみられる。

《特定失踪者・佐藤正行さんについて》
◆氏名:佐藤 正行
(さとうまさゆき)
◆失踪年月日:昭和61(1986)年10月29日
◆生年月日:昭和33(1958)年12月11日
◆性別:男
◆当時の年齢:27歳
◆身長:170cm
◆体重:60kg
◆当時の身分:製薬会社勤務
◆当時の住所:愛知県名古屋市千種区
秋田県秋田市新屋出身
◆特徴:やや面長で眼鏡とコンタクトレンズを併用
◆失踪場所:愛知県名古屋市千種区の自宅マンション

【失踪状況】
外食店で買い求めた弁当をアパート自室で食事中、部屋着の軽装で外出したまま行方不明。
部屋には財布、自動車免許など一切の身の回りのものは残されていた。

《特定失踪者・加藤悦子さんについて》
◆氏名:加藤 悦子
(かとうえつこ)
◆失踪年月日:平成元(1989)年8月23日
◆生年月日:昭和23(1948)年1月3日
◆性別:女性
◆当時の年齢:41歳
◆身長:160cm
◆体重:55kg
◆当時の身分:看護師
◆失踪場所:愛知県尾張旭市の自宅

【失踪状況】
家族を送り出し、午前中勤務先の医院を無断欠勤。
夕方自宅に「ご飯を作って食べていてくれる?」との電話。
当日夜、夫が鏡台内から「これから旅に出る」という手紙を発見。
翌日には鹿児島の実家、兄弟姉妹、当時から過去の交友関係などすべて調べるが手がかりなし。
いつも持ち歩いていたバックも家にある。
通帳印鑑も同様。
現金を引き出した痕跡なし。
給料前だったので所持金はほとんどない。
看護婦免許も家に置いたまま。
服も持ち出した形跡なし。
性格上自殺は考えにくい。

《特定失踪者・保泉泰子さんについて》
◆氏名:保泉 泰子
(ほいずみやすこ)
◆失踪年月日:平成3(1991)年11月10日
◆生年月日:昭和11(1936)年8月25日
◆性別:女性
◆当時の年齢:55歳
◆身長:143cm
◆体重:43kg
◆当時の身分:看護師
◆失踪場所:愛知県日進市

【失踪状況】
自宅から400~500m先のコンビニに茶葉を購入に行く途中行方不明

《特定失踪者・安西正博さんについて》
◆氏名:安西 正博
(あんざいまさひろ)
◆失踪年月日:平成8(1996)年4月14日
◆生年月日:昭和43(1948)年9月19日
◆性別:男
◆当時の年齢:27歳
◆身長:173cm
◆当時の身分:会社員(荏原製作所
◆当時の住所:愛知県名古屋市名東区
◆栃木県小山市出身
◆特徴:
1)色白
2)笑うと八重歯
3)髪はくせ毛
4)近視で眼鏡をかけている
◆失踪場所:愛知県名古屋市

【失踪状況】
会社の寮から車で出かけ、そのまま行方不明になる。
最後に姿を見たのは寮の管理人。
日曜日だったので、寮の玄関で「安西君、食事はどうする?」と声をかけたら「食べます」と答え、近所に買い物に行くような感じで車で出かけた。
前日買った単行本3冊が机の上に置いたまま。レシートも挟んであった。
行方不明になる1週間前に実家に電話、「4月下旬に大学時代の友人の結婚式が九州であり、それに出席してから帰省するのでゴールデンウィーク後半に帰る、お土産を買っていく」と話していた。
3ヶ月後、寮を引き揚げるとき礼服の内ポケットに祝儀袋が入っていた。
自ら消息を絶つとは考えられない。



拉致事件、捜査の現状】
北朝鮮による拉致事件を巡り、日本の警察はこれまで実行犯や指示役として北朝鮮の元工作員たち合わせて11人を国際手配しています。
拉致には金正日キム・ジョンイル)総書記が掌握していた対外情報調査部と呼ばれる工作機関が組織的に関わっていた疑いが強いと見て捜査を続けています。
このうち、福井県の地村保志さん・富貴恵さん夫妻を拉致した実行犯として元工作員辛光洙シン・グァンス)容疑者が手配されています。
また、大阪府の原 敕晁さんが拉致された事件では、辛容疑者とともに金吉旭(キム・キルウク)容疑者も共犯者として手配されています。
この他、東京都の久米 裕さん拉致事件では金世鎬(キム・セホ)容疑者が、新潟県曽我ひとみさん拉致事件にはキム・ミョンスク容疑者がそれぞれ関わったとして手配されています。
北海道出身の渡辺秀子さんの子供2人の拉致事件では、工作員グループのリーダー格で北朝鮮にいると見られる洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子容疑者が手配されています。
新潟県の蓮池 薫さん・祐木子さん夫妻の拉致事件ではチェ・スンチョル容疑者が実行犯として手配されている他、金総書記が掌握していた対外報調査部と呼ばれる北朝鮮の工作機関の幹部であるハン・クムニョン容疑者とキム・ナンジン容疑者が拉致の実行を指示したとして手配されています。
ハン容疑者たちは工作機関で「指導員」と呼ばれる立場で、辛光洙容疑者たちもこの組織の一員だったことがわかっており、警察は北朝鮮が組織的に拉致を実行した疑いが強いと見て捜査を続けています。
よど号ハイジャック事件のメンバーたちも1980年代にヨーロッパで相次いだ3人の日本人拉致に関わった疑いで国際手配されています。
このうち、有本恵子さん拉致事件では魚本公博(安部公博)容疑者が、石岡 亨さんと松木 薫さん拉致事件ではよど号メンバーの妻の森 順子・若林佐喜子両容疑者がそれぞれ手配されています。