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【みんな生きている】アントニオ猪木編/JNN(2)

日本維新の会アントニオ猪木参院議員が、北朝鮮側から受け取ったという日本の国会議員団への招待状。アントニオ猪木氏は1月17日、JNNの取材に対し、「書面での招待状は私が要望したものだ」と述べました。

「私がこの招待状を要望した。『今回、口頭ではなく書面で』と。困っていました。向こうも」
アントニオ猪木参院議員)

猪木氏は、
「招待状は自らが求めたもので、北朝鮮側は困った様子だった」
と明かしました。

「とにかく、私が提案していることを率直に向こうが聞いてくれている。『では、書類も出しましょう』と。乗るか乗らないかは我々が判断する」
アントニオ猪木参院議員)

猪木氏によれば、拉致担当大臣も招待すると口頭で伝えられたといいますが…

「もし、そういう話が仮にあったとしたら、私が当事者ですから連絡があるだろうが、全く無いですから」
古屋圭司拉致問題担当大臣

古屋大臣は、拉致問題の解決につながるならば、交渉する用意はあると政府のスタンスは変わらないと述べました。

「我々は来る1月30日から旧正月を契機に、お互いを刺激し誹謗中傷する全ての行為を全面中止することを、南朝鮮当局に正式に提案する」
朝鮮中央テレビ

1月16日、北朝鮮旧正月を契機に互いへの挑発をやめるよう韓国に呼びかけ、同時に2月末に予定されている米韓合同軍事演習の中止を求めました。
これに対し、韓国統一省は、「誹謗中傷を続けてきたのは北朝鮮だ」と批判しました。
こうした中、韓国の聨合ニュースは、北朝鮮朝鮮労働党の幹部2名が粛清された可能性があると報じました。事実だとすれば、対外的な交流を推進する一方で、内部では依然として粛清の嵐が吹き荒れている可能性もあります。

「青い(リボンの)バッジをはめているんだったら、『何かアクション起こそうよ』と。誰も言えないでしょ?オレはぶちギレたら、もっといろんなことをしゃべりますけどね。今はそれよりもうまくいくことが大事だと思っています」
アントニオ猪木参院議員)

◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(拉致被害時28歳)
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。

《特定失踪者・金田竜光さんについて》
◆氏名:金田 竜光
(かねだたつみつ)
◆失踪年月日:昭和54(1979)年ごろ
◆生年月日:昭和27(1952)年
◆性別:男
◆当時の年齢:26歳
◆身長:180cm
◆当時の身分:ラーメン店店員
◆当時の住所:兵庫県神戸市東灘区青木
◆失踪場所:神戸市東灘区

【失踪状況】
金田さんは韓国籍
田中 実さん(昭和53年に拉致)と同じ施設で育った。
昭和52年ごろ、田中 実さん拉致実行犯・韓竜大(ハン・ヨンデ)が経営するラーメン店「来大」に就職。昭和53年に田中 実さんを「来大」に紹介し、ともに働く。同年、韓竜大の誘いにより、田中 実さんがオーストリア・ウィーンに出国。
半年ほどして、田中 実さんが差出人になっているオーストリアからの国際郵便を受け取る。その内容は「オーストリアはいいところであり、仕事もあるのでこちらに来ないか」との誘いであった。
田中さんの誘いを受け、打ちあわせと言って東京に向かったが、以後一切連絡がなく、行方不明となる。
連絡がないことを不思議に思った友人が、この間の事情を知る韓竜大に再三説明を求めたが、「知らない」と繰り返す。
その後失踪した2人を知る友人たちの間で「2人は北朝鮮にいる」との噂が広まり、韓竜大に近づく者がいなかった。
救う会兵庫」は平成14年10月に韓竜大、15年7月にその共犯である曹廷楽(チョ・ジョンガリ)についての告発状を兵庫県警に提出している。

《特定失踪者・藤田 進さんについて》
※国連人権理事会が調査要請を受理した事案
◆氏名:藤田 進
(ふじたすすむ)
◆失踪年月日:昭和51(1976)年2月7日
◆生年月日:昭和31(1956)年6月16日
◆性別:男
◆当時の年齢:19歳
◆当時の身分:東京学芸大学教育学部1年生
◆当時の住所:埼玉県川口市南町
◆特徴:
1)家ではあまりしゃべらないタイプ
2)ギターがうまかった
◆失踪場所:埼玉県川口市の自宅

【失踪状況】
失踪当日6:30~7:00頃、以前から言っていた新宿のガードマンのバイトに行くといって服を持って家を出たまま帰らず。
後に新宿にある全ての警備会社に電話で問い合わせたが該当者はいなかった。
脱北者北朝鮮から持ち出した写真が鑑定の結果、藤田 進さんである可能性が極めて高いことが判明。
平成16年1月28日、埼玉県警に告発状提出。

《特定失踪者・平本和丸さんについて》
◆氏名:平本 和丸
(ひらもとかずまる)
◆失踪年月日:昭和23(1948)年7月
◆生年月日:昭和3(1928)年1月2日
◆性別:男
◆当時の年齢:20歳
◆身長:165cm~167cm
◆当時の身分:終戦大洋漁業トロール船に乗っていた。
昭和23年頃本社勤めになった。
◆失踪場所:九州

【失踪状況】
7月20日以降、当時広島県安芸郡に居住していた実弟・敏昭さん(後述)を尋ね「船で遠洋に出るため当分会えない。お別れに来た」と言って7~10日間逗留。
その後、大分県中津市の朝鮮在住時代の友人宅に行き何日か逗留した後、失踪。
勤務していた会社にも連絡なし。
朝鮮から引き揚げ者。
中学生まで咸鏡南道咸興に居住していたが、親の反対を押し切って海軍予科練に内地で入隊し、終戦を迎えた。

《特定失踪者・平本敏昭さんについて》
◆氏名:平本 敏昭
(ひらもととしあき
◆失踪年月日:昭和25(1950)年9月21日
◆生年月日:昭和4(1929)年6月19日
◆性別:男
◆当時の年齢:21歳
◆身長:180cm
◆当時の身分:広島県内で小学校教諭
◆失踪場所:大分県中津市

【失踪状況】
8月17日10時頃、学校へ出勤したまま行方がわからなくなる。
9月7~8日頃学校から電話で出勤していないことを知る。
その後しばらくして、大分県中津市の朝鮮在住時代の友人宅にに9月21日頃まで逗留していたと判明。
兄・和丸さん(昭和23年失踪)を探していたとのこと。

《特定失踪者・玉井敏明さんについて》
◆氏名:玉井 敏明
(たまいとしあき
◆失踪年月日:昭和52(1977)年1月30日
◆生年月日:昭和21(1946)年10月14日
◆性別:男
◆当時の年齢:30歳
◆身長:185cmくらい
◆当時の身分:三菱ふそうでトラックの修理などをする
◆失踪場所:大分県別府市

【失踪状況】
当時妻と一緒にスナックを経営していた。
先に自宅を出た敏明さんは店を開け、従業員に「ちょっと出てくるから」と言って店を出たまま、そのまま行方不明。
急用で何かあったのかもと思っていたが、その後一切連絡もない。

《特定失踪者・西村三男さんについて》
◆氏名:西村 三男
(にしむらみつお)
◆失踪年月日:昭和56(1981)年5月
◆生年月日:昭和37(1962)年5月26日
◆性別:男
◆当時の年齢:19歳
◆身長:170cmくらい
◆血液型:O型
◆当時の身分:会社員
◆当時の住所:山口県山口市
熊本県出身
◆失踪場所:山口県山口市

【失踪状況】
ゴールデンウィーク後、実家の熊本から山口市にある会社に戻り、寮から工場へ移動中失踪。
原付免許も寮に置いたまま、住民票もそのまま。
失踪後6カ月程して無言電話あり。

《特定失踪者・今津淳子さんについて》
◆氏名:今津 淳子
(いまづじゅんこ)
◆失踪年月日:昭和60(1985)年4月30日
◆生年月日:昭和32(1957)年5月28日
◆性別:女性
◆当時の年齢:27歳
◆身長:158cm
◆体重:59kg
◆当時の身分:保育園保母
◆当時の住所:埼玉県深谷市
大分県佐伯市上浦町出身
◆特徴:
1)顔は卵形で色白。額の真ん中に指の先ほどの痣がある。
2)近視で普段はコンタクト使用。眼鏡のときもある。
◆失踪場所:埼玉県深谷市大谷

【失踪状況】
休暇を取って大宮の運転試験場へバイクの免許を取りに行った。
同日7時頃寮の同僚に「これからバスで帰る。何か買い物はないか」と電話連絡したまま消息不明。
警察は公開捜査を行ったが目撃証言もなく安否につながる情報もない。
同日21時頃最寄りのバス停と寮の間の民家の人が犬が激しく鳴くのを聞く。
翌朝、その家の人が畑の中に今津さんの両方の靴を発見。
北朝鮮にいる」という情報がある。



拉致事件、捜査の現状】
北朝鮮による拉致事件を巡り、日本の警察はこれまで実行犯や指示役として北朝鮮の元工作員たち合わせて11人を国際手配しています。
拉致には金正日キム・ジョンイル)総書記が掌握していた対外情報調査部と呼ばれる工作機関が組織的に関わっていた疑いが強いと見て捜査を続けています。
このうち、福井県の地村保志さん・富貴恵さん夫妻を拉致した実行犯として元工作員辛光洙シン・グァンス)容疑者が手配されています。
また、大阪府の原 敕晁さんが拉致された事件では、辛容疑者とともに金吉旭(キム・キルウク)容疑者も共犯者として手配されています。
この他、東京都の久米 裕さん拉致事件では金世鎬(キム・セホ)容疑者が、新潟県曽我ひとみさん拉致事件にはキム・ミョンスク容疑者がそれぞれ関わったとして手配されています。
北海道出身の渡辺秀子さんの子供2人の拉致事件では、工作員グループのリーダー格で北朝鮮にいると見られる洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子容疑者が手配されています。
新潟県の蓮池 薫さん・祐木子さん夫妻の拉致事件ではチェ・スンチョル容疑者が実行犯として手配されている他、金総書記が掌握していた対外報調査部と呼ばれる北朝鮮の工作機関の幹部であるハン・クムニョン容疑者とキム・ナンジン容疑者が拉致の実行を指示したとして手配されています。
ハン容疑者たちは工作機関で「指導員」と呼ばれる立場で、辛光洙容疑者たちもこの組織の一員だったことがわかっており、警察は北朝鮮が組織的に拉致を実行した疑いが強いと見て捜査を続けています。
よど号ハイジャック事件のメンバーたちも1980年代にヨーロッパで相次いだ3人の日本人拉致に関わった疑いで国際手配されています。
このうち、有本恵子さん拉致事件では魚本公博(安部公博)容疑者が、石岡 亨さんと松木 薫さん拉致事件ではよど号メンバーの妻の森 順子・若林佐喜子両容疑者がそれぞれ手配されています。