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【みんな生きている】金剛山歌劇団編

《『産経新聞』が伝える金剛山歌劇団の仙台公演》

■復興支援名目に“対日工作”

在日本朝鮮人総連合会朝鮮総連)傘下の金剛山歌劇団の仙台公演が今月、東日本大震災後初めて、仙台市青葉区東京エレクトロンホール宮城(県民会館)で行われた。震災復興支援と文化交流の名目だが、朝鮮学校への補助金打ち切りや中央本部の入札等北朝鮮配下の総連への逆風の最中での開催に対し、公安当局者は

「総連の活動を優位に進めようと、復興支援を武器にして、有力政治家や自治体などを取り込むのが目的」

と警戒している。


▼約250の協賛
公演があった10月16日は、午後5時の開場前から大勢の警察官がホール前を取り囲み、警備にあたっていた。物々しい雰囲気の中、会場に入ると、約250の協賛企業・団体一覧が張り出されている。約1,600席の大ホールは8、9割の入り。場内のあちこちには、近しい“同胞”の名簿を手に、誰が観劇に来ているかを確認する姿もあった。
公演に先立ち、県等による補助金を打ち切りを意識してか、東北朝鮮初中級学校(仙台市)の生徒20人が登壇し、幅広い支援を求めた。2部構成で2時間余り続いた公演では、合間に「復興」のキーワードを連呼。一方で、半島分断の悲劇や北朝鮮への忠誠心を強調しながら公演が終了した。
歌劇団をめぐっては、仙台市が平成19年、市民会館での公演を1度認めながら「会場の管理に支障を及ぼす」として取り消した。その後、使用許可取り消しをめぐり歌劇団側が仙台地裁に仮処分を申し立て、同地裁、仙台高裁が歌劇団側の主張を認める決定を出した経緯がある。
今回の会場となったホールの使用について所管する県消費生活・文化課は

「申請内容に不許可とする理由はなかった。政治的背景などは考慮せず淡々と許可を出している」

としている。


▼公演告知載せず
一方、ホールの公式ホームページでは、16日の予定が空欄になっていた。ホールの担当者によると、

「主催者側の意向でイベント情報には掲載しなかった」

と説明する。チケットは招待券のみが関係者を通じて配られており、一般にはほとんど流通していない。復興支援や文化交流をうたっているにも関わらず、公演の“閉鎖性”ばかりが際立つ。
朝鮮総連関係者が解説する。

「公演は在日が祖国にどれだけ貢献しているかを計るためのイベント。祖国のための資金集めを行い広告費を納めたか。重要な人物を来賓としてどれだけ呼ぶことができたか等、北朝鮮や中央本部が注視している」

という。会場に張り出された協賛企業・団体一覧もそのバロメーターだ。
一方で在日社会には綻びが出始めているとの指摘もある。
公安関係者によると、

「すでに日本国内に生活基盤を築いており、北朝鮮本国への愛国心とのはざまで悩んでいる在日は多い。国際社会で北朝鮮の立場が難しい中、在日社会では事実上の“出先”である総連と距離を取ろうする動きもある」

という。
多くの問題を抱えた不安定な最中で、総連側は昨年の衆院選や今年の参院選の結果、長期政権と目される自民党との関係改善も模索。今回の公演でも、自民関係者の取り込みを画策しているという。また、近しい県議を通じ、“収益”を復興名目で、朝鮮学校への補助金支給を取りやめた県に寄付した。
今回の公演に対し、「拉致被害者救う会宮城」の安藤哲夫会長は

「拉致国家の出先機関の傘下に公共施設を貸すことに憤りを覚える。料金を支払いパンフレットに広告を掲載している企業の意識も低い。行政や政治家には毅然とした態度を取ってほしい」

と訴えている。

金剛山歌劇団
朝鮮民族の音楽や舞踊の普及を目的に昭和30年に在日朝鮮中央芸術団として設立。49年に現在の名称に変わった。
北朝鮮は「唯一の海外総合芸術団体」と位置付け、49年に最高の栄誉とされる金日成(キム・イルソン)勲章を授与したとされる。
ホームページによると、朝鮮学校卒業生らがメンバー。日本や北朝鮮のほか、韓国、中国、ロシアで公演を行っている。



◆昭和52(1977)年10月21日
女性拉致容疑事案
被害者:松本京子さん(拉致被害時29歳)
自宅近くの編み物教室に向かったまま失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において、我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において、北朝鮮側より、北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成18年11月に松本京子さんが拉致認定されて以降政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。

《特定失踪者・吉田賢光さんについて》
◆氏名:吉田 賢光
(よしだけんこう)
◆失踪年月日:昭和52(1977)年3月12日
◆生年月日:昭和15(1940)年5月2日
◆性別:男
◆当時の年齢:36歳
◆当時の身分:無職(前年11月まで団体職員)
◆当時の住所:神奈川県川崎市
◆特徴:小柄で細身
◆特技:
1)特別上手ではないが、スポーツは何でもこなす
2)登山も少しはする
◆失踪場所:東北本線白石駅

【失踪状況】
体調不良のため次の転居予定地である大阪へ向かう前に約3ヶ月間、宮城県にある伯父の寺へ居候。
実家である岩手へ墓参りがてら帰って来いといっても来ず、居候先の伯父の話では何か連絡を待っている様子だったと話したと聞いている。
失踪前の住所は神奈川県川崎市

《特定失踪者・河合美智愛さんについて》
◆氏名:河合 美智愛
(かわいみちえ)
◆失踪年月日:昭和59(1984)年4月2日
◆生年月日:昭和38(1963)年12月18日
◆性別:女性
◆当時の年齢:20歳
◆身長:169cm
◆当時の身分:会社員
◆当時の住所:福井県越前市
◆特徴
1)おでこが広い
2)口元に小さなホクロ
3)右膝外側に10cm程度のあざ
◆失踪場所:福井県武生市(現越前市

【失踪状況】
失踪前日から地元の繊維会社に勤め始めていた。
昼食のために会社から一旦帰宅して昼食を取った後、会社に向かったが会社には着かずそのまま行方不明となった。
乗っていた自家用車(カローラ)も見つかっていない。
失踪後、1~2回、実家に無言電話がかかってきたが、名前を呼びかけると直ぐに切れた。
平成6年頃、宮城県内で目撃情報があります。

宮城県警公開特定失踪者・佐藤元子さんについて》
◆氏名:佐藤 元子
(さとうもとこ)
◆当時の年齢:23歳
◆当時の住所:宮城県白石市
◆当時の職業:店員
◆身長152cmくらい

【失踪状況】
昭和49年1月、勤務先を出てから行方不明となっています。



拉致事件、捜査の現状】
北朝鮮による拉致事件を巡り、日本の警察はこれまで実行犯や指示役として北朝鮮の元工作員たち合わせて11人を国際手配しています。
拉致には金正日キム・ジョンイル)総書記が掌握していた対外情報調査部と呼ばれる工作機関が組織的に関わっていた疑いが強いと見て捜査を続けています。
このうち、福井県の地村保志さん・富貴恵さん夫妻を拉致した実行犯として元工作員辛光洙シン・グァンス)容疑者が手配されています。
また、大阪府の原 敕晁さんが拉致された事件では、辛容疑者とともに金吉旭(キム・キルウク)容疑者も共犯者として手配されています。
この他、東京都の久米 裕さん拉致事件では金世鎬(キム・セホ)容疑者が、新潟県曽我ひとみさん拉致事件にはキム・ミョンスク容疑者がそれぞれ関わったとして手配されています。
北海道出身の渡辺秀子さんの子供2人の拉致事件では、工作員グループのリーダー格で北朝鮮にいると見られる洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子容疑者が手配されています。
新潟県の蓮池 薫さん・祐木子さん夫妻の拉致事件ではチェ・スンチョル容疑者が実行犯として手配されている他、金総書記が掌握していた対外報調査部と呼ばれる北朝鮮の工作機関の幹部であるハン・クムニョン容疑者とキム・ナンジン容疑者が拉致の実行を指示したとして手配されています。
ハン容疑者たちは工作機関で「指導員」と呼ばれる立場で、辛光洙容疑者たちもこの組織の一員だったことがわかっており、警察は北朝鮮が組織的に拉致を実行した疑いが強いと見て捜査を続けています。
よど号ハイジャック事件のメンバーたちも1980年代にヨーロッパで相次いだ3人の日本人拉致に関わった疑いで国際手配されています。
このうち、有本恵子さん拉致事件では魚本公博(安部公博)容疑者が、石岡 亨さんと松木 薫さん拉致事件ではよど号メンバーの妻の森 順子・若林佐喜子両容疑者がそれぞれ手配されています。