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【みんな生きている】曽我ひとみさん/BSN

古屋圭司拉致問題担当相は8月23日に新潟県佐渡市を訪れ、北朝鮮による拉致被害者曽我ひとみさん(54歳)と母ミヨシさん(拉致被害時46歳)が35年前に工作員に連れ去られた現場を視察しました。
古屋大臣が佐渡市の拉致現場を訪れるのは初めてで、
「解決するという気持ちを改めて強くした」
と述べました。

◆昭和53(1978)年8月12日
母娘拉致容疑事案
被害者:曽我ひとみさん(拉致被害時19歳)
被害者:曽我ミヨシさん(拉致被害時46歳)
「2人で買い物に行く」と言って出かけて以来失踪。
ひとみさんは平成14年10月日本に帰国。
ひとみさんの夫(ジェンキンス氏=アメリカ人)と2人の娘も平成16年7月に渡日・帰国。
北朝鮮側は、曽我ミヨシさんは北朝鮮に入境していないとしている。
捜査当局は、拉致実行犯である北朝鮮工作員・通称キム・ミョンスクについて、平成18年11月に逮捕状の発付を得て国際手配するとともに、政府として北朝鮮側に身柄の引渡しを要求している。

新潟県警公開特定失踪者・齋藤常夫さんについて》
◆氏名:齊藤 常夫
◆当時の年齢:42歳(昭和49年当時)
◆当時の住所:新潟県三島郡出雲崎町
◆当時の職業:漁業
◆身体特徴:身長173?くらい

【失踪状況】
昭和49年5月、小型船で自宅裏の船着き場から出港したまま行方不明になっています。
出雲崎町の斉藤常夫さん(失踪当時42歳)は1974年5月、漁に出たまま行方不明になりました。
斉藤さんの従兄弟で出雲崎町尼瀬の漁師斉藤政吉さん(70歳)は「鏡のようななぎの日だった」と失踪当時を振り返りました。
「夕方には帰ってくる予定だったが、奥さんが『帰ってこない』と。自分も船を出して捜索に行った。すると沖で船を見つけたが、誰も乗っていなかった」と、当時の様子を話しました。

新潟県警公開特定失踪者・矢坂 寛さんについて》
◆氏名:矢坂 寛
◆当時の年齢:33歳(昭和63年当時)
◆当時の住所:群馬県高崎市
◆当時の職業:会社員
◆身体特徴:身長160cm~165?くらい

【失踪状況】
昭和63年11月、「直江津港に釣りに行く」と言って、上越市内の実家を出たまま、行方不明になっています。
群馬県高崎市の矢坂 寛さん(失踪当時33歳)は1988年11月13日、直江津港に釣りに行くと言って上越市の実家を出たまま行方不明になりました。
上越市在住の姉・トシ子さん(63歳)は「弟は毎週金曜日になると上越に帰っていた。廊下を歩いていた弟の足音は今でも忘れられない」と語ります。
「20年以上経つが、写真や情報を出すことで少しでも(事実が)分かれば」と祈るように話しました。

新潟県警公開特定失踪者・阿部貞子さんについて》
◆氏名:阿部 貞子
◆生年月日:昭和12年4月18日
◆当時の年齢:24歳(昭和36年当時)
◆当時の住所:愛知県一宮市今伊勢町
◆当時の職業:紡績工
◆出身地:新潟県北蒲原郡中条町大字(現: 胎内市)羽黒1825番地
◆身体特徴:
1)身長152cm~153?くらい
2)小肥り

【失踪状況】昭和36年7月、愛知県内の勤め先から行方不明になっています。
※愛知県一宮市で1961年7月に失踪した胎内市出身の阿部貞子さん(失踪当時24歳)の妹・小泉孝子さん(58歳)は「今回の発表はありがたい。元気で生きていてほしい」と語りました。

新潟県警公開特定失踪者・竹内喜文さんについて》
◆氏名:竹内 喜文
◆当時の年齢:47歳(平成2年当時)
◆当時の住所:新潟県上越市
◆当時の職業:会社員
◆身体特徴:身長165?くらい

【失踪状況】
平成2年1月、「釣りに行く」と言って自宅を出たまま、行方不明になっています。
※1990年1月に釣りに出かけたまま行方が分からなくなった上越市の竹内喜文さん(失踪当時47歳)の妻・キヨ子さん(72歳)は「どうしていなくなったのか知りたい」と真相究明を望んでいました。

新潟県警公開特定失踪者・駒野 孝さんについて》
◆氏名:駒野 孝
◆当時の年齢:24歳(平成元年当時)
◆当時の住所:新潟県柏崎市
◆当時の職業:会社員
◆身体特徴:
1)身長165?くらい
2)目尻(左右不明)に手術痕

【失踪状況】
平成元年1月、「床屋に行く」と言って自宅を出たまま、行方不明になっています。
その後、福井県三国町で使用車両が発見されました。
※1989年1月に自宅を出て、その後、福井県で車が見つかった柏崎市の駒野 孝さん(失踪当時24歳)の弟・雅行さん(45歳)は「亡くなった両親は兄のことを気に掛けていた」と話しました。

新潟県警公開特定失踪者・菊地 豊さんについて》
◆氏名:菊地 豊
◆当時の年齢:55歳(平成元年当時)
◆当時の住所:新潟県佐渡市
◆当時の職業:会社員
◆身体特徴:身長176?くらい

【失踪状況】
平成元年1月、小木町(現:佐渡市)の飲食店を出た後、行方不明になっています。
佐渡市小木町の菊地 豊さん(失踪当時55歳)は1989年1月、近所の飲食店を出たまま行方が分からなくなりました。
三女の金子敦子さん(44歳)は「拉致事件発覚後、父もひょっとしたら拉致された可能性があるのではと考えた」と話しています。

新潟県警公開特定失踪者・星野茂敏さんについて》
◆氏名:星野 茂敏
◆当時の年齢:26歳(昭和52年当時)
◆当時の住所:新潟県新潟市
◆当時の職業:国鉄職員
◆身体特徴:身長165?くらい

【失踪状況】
昭和52年3月、「佐渡の実家に帰る」と言って、新潟市内の寮を出たまま、行方不明になっています。
国鉄職員だった星野茂敏さん(失踪当時26歳)は1977年3月、「佐渡の実家に帰る」と新潟市内の寮を出たあと行方不明になりました。
佐渡市在住の親戚女性(57歳)は「見つかればうれしい」と述べました。

新潟県警公開特定失踪者・武田祥一郎さんについて》
◆氏名:武田 祥一郎
◆当時の年齢:48歳(昭和58年当時)
◆当時の住所:新潟県新潟市
◆当時の職業:無職
◆身体特徴:身長153?くらい

【失踪状況】
昭和58年3月ころ、新潟市内で目撃された後、行方不明になっています。
※武田祥一郎さん(失踪当時48歳)は1983年3月、入院していた新潟市内の病院から姿を消したといいます。
五泉市下条在住の妻・春子さん(75歳)は「私は拉致されたのかなあと思う。ただ、帰ってきてもらいたい。それだけです」と話しました。



拉致事件、捜査の現状】
北朝鮮による拉致事件を巡り、日本の警察はこれまで実行犯や指示役として北朝鮮の元工作員たち合わせて11人を国際手配しています。
拉致には金正日キム・ジョンイル)総書記が掌握していた対外情報調査部と呼ばれる工作機関が組織的に関わっていた疑いが強いと見て捜査を続けています。
このうち、福井県の地村保志さん・富貴恵さん夫妻を拉致した実行犯として元工作員辛光洙シン・グァンス)容疑者が手配されています。
また、大阪府の原 敕晁さんが拉致された事件では、辛容疑者とともに金吉旭(キム・キルウク)容疑者も共犯者として手配されています。
この他、東京都の久米 裕さん拉致事件では金世鎬(キム・セホ)容疑者が、新潟県曽我ひとみさん拉致事件にはキム・ミョンスク容疑者がそれぞれ関わったとして手配されています。
北海道出身の渡辺秀子さんの子供2人の拉致事件では、工作員グループのリーダー格で北朝鮮にいると見られる洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子容疑者が手配されています。
新潟県の蓮池 薫さん・祐木子さん夫妻の拉致事件ではチェ・スンチョル容疑者が実行犯として手配されている他、金総書記が掌握していた対外報調査部と呼ばれる北朝鮮の工作機関の幹部であるハン・クムニョン容疑者とキム・ナンジン容疑者が拉致の実行を指示したとして手配されています。
ハン容疑者たちは工作機関で「指導員」と呼ばれる立場で、辛光洙容疑者たちもこの組織の一員だったことがわかっており、警察は北朝鮮が組織的に拉致を実行した疑いが強いと見て捜査を続けています。
よど号ハイジャック事件のメンバーたちも1980年代にヨーロッパで相次いだ3人の日本人拉致に関わった疑いで国際手配されています。
このうち、有本恵子さん拉致事件では魚本公博(安部公博)容疑者が、石岡 亨さんと松木 薫さん拉致事件ではよど号メンバーの妻の森 順子・若林佐喜子両容疑者がそれぞれ手配されています。