【みんな生きている】川上義博編
3年前北朝鮮を密かに訪れた当時の与党・民主党議員と北朝鮮幹部との写真。この中には飯島 勲内閣官房参与が電撃訪朝した際に会談した人物も含まれています。TBS『NEWS23』はこの当時のやりとりを記録したメモを入手しました。その中には制裁の「部分解除」を求める北朝鮮の焦りが見えています。
男女6人が並んだ1枚の集合写真。写真の中央に位置する男性は朝鮮労働党の外交担当の責任者(国際部長)、金永日(キム・ヨンイル)書記。先日、飯島内閣官房参与が訪朝した際に会談した人物です。そしてもう1枚の写真には宋日昊(ソン・イルホ)日朝国交正常化交渉担当大使の姿があります。飯島氏が北朝鮮ナンバー2の金永南(キム・ヨンナム)最高人民会議常任委員会委員長と会談した際に同席した人物です。どちらも飯島氏の訪朝と深く関わった北朝鮮側のキーマンです。そしてこの2人と並んで写る日本人男性は、民主党の川上義博参院議員です。
「(飯島さんは)参与ですから総理は事前に、これはもう知っていたと。そういうことで飯島さんは行ったんでしょうか?」
(民主党・川上義博参院議員)
これまで北朝鮮問題に深く関わってきた川上氏ですが、実は2010年、当時の鳩山総理にも伝えたうえで、北朝鮮を密かに訪問し2人と個別に会談していたといいます。
川上氏は2人とのやりとりを鮮明にメモしていました。この時、北朝鮮側は日本側に朝鮮総連の本部ビルの差し押さえを「一日も早く中止すべき」と要求したといいます。また当時、民主党政権が掲げた高校の授業料無償化で朝鮮学校が除外されることについても見直しを求めました。
一方、宋日昊氏との個別会談では拉致問題についても意見が交わされたといいます。2008年に交わされた日本と北朝鮮の実務者協議に基づき、宋日昊氏は日本に制裁の部分解除を求めました。そして、北朝鮮は拉致の再調査を同時に行うとしました。
川上氏はこうしたやり取りを詳細に鳩山氏に報告し日・朝の正常化交渉に乗り出すよう求めましたが、鳩山内閣は翌月、総辞職し計画は頓挫しました。
一方、飯島内閣官房参与は5月22日、記者団にこう語りました。
「自分の役目はもう終わった」
(飯島内閣官房参与)
今後の訪朝予定は100%ないと否定し、あとは安倍総理たちの判断に委ねる考えを示しました。
民主党政権の頃から密かに進む対北朝鮮外交。その成果が表に出るのは果たしていつになるのでしょうか。
※「拉致という犯罪を犯した北朝鮮に必要なのは『対話』ではなくて『交渉』。『交渉と圧力』だ」
(故・中川昭一元財務大臣)
◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(拉致被害時28歳)
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。
《特定失踪者・金田竜光さんについて》
◆氏名:金田 竜光
(かねだたつみつ)
◆失踪年月日:昭和54(1979)年ごろ
◆生年月日:昭和27(1952)年
◆性別:男
◆当時の年齢:26歳
◆身長:180cm
◆当時の身分:ラーメン店店員
◆失踪場所:神戸市東灘区
【失踪状況】
金田さんは韓国籍。
田中 実さん(昭和53年に拉致)と同じ施設で育った。
昭和52年ごろ、田中 実さん拉致実行犯・韓竜大(ハン・ヨンデ)が経営するラーメン店「来大」に就職。昭和53年に田中 実さんを「来大」に紹介し、ともに働く。同年、韓竜大の誘いにより、田中 実さんがオーストリア・ウィーンに出国。
半年ほどして、田中 実さんが差出人になっているオーストリアからの国際郵便を受け取る。その内容は「オーストリアはいいところであり、仕事もあるのでこちらに来ないか」との誘いであった。
田中さんの誘いを受け、打ちあわせと言って東京に向かったが、以後一切連絡がなく、行方不明となる。
連絡がないことを不思議に思った友人が、この間の事情を知る韓竜大に再三説明を求めたが、「知らない」と繰り返す。
その後失踪した2人を知る友人たちの間で「2人は北朝鮮にいる」との噂が広まり、韓竜大に近づく者がいなかった。
「救う会兵庫」は平成14年10月に韓竜大、15年7月にその共犯である曹廷楽(チョ・ジョンガリ)についての告発状を兵庫県警に提出している。
《特定失踪者・藤田 進さんについて》
※国連人権理事会が調査要請を受理した事案
◆氏名:藤田 進
(ふじたすすむ)
◆失踪年月日:昭和51(1976)年2月7日
◆生年月日:昭和31(1956)年6月16日
◆性別:男
◆当時の年齢:19歳
◆当時の身分:東京学芸大学教育学部1年生
◆特徴:
1)家ではあまりしゃべらないタイプ
2)ギターがうまかった
◆失踪場所:埼玉県川口市の自宅
【失踪状況】
失踪当日6:30~7:00頃、以前から言っていた新宿のガードマンのバイトに行くといって服を持って家を出たまま帰らず。
後に新宿にある全ての警備会社に電話で問い合わせたが該当者はいなかった。
脱北者が北朝鮮から持ち出した写真が鑑定の結果、藤田 進さんである可能性が極めて高いことが判明。
平成16年1月28日、埼玉県警に告発状提出。
《特定失踪者・堺 弘美さんについて》
◆氏名:堺 弘美
(さかいひろみ)
◆失踪年月日:昭和57(1982)年4月2日
◆生年月日:昭和34(1959)年10月22日
◆性別:女性
◆当時の年齢:22歳
◆当時の身分:飲食店従業員兼美容学校学生
◆特徴:
1)盲腸の痕
2)ハスキーな声
◆失踪場所:東京都新宿区北新宿の自宅アパート
【失踪状況】
失踪数日前に弘美さんから母へ「北新宿の自宅アパートを引き払って、実家(母の住む東京都杉並区上井草)に移り住む」との電話連絡があった。
ところがその数日後に再び電話で、「やはりもう少しこちらに残る」と言ってきた。
4月2日、職場(新宿の飲食店)から電話で「弘美さんが仕事に来ていない。これまで無断欠勤したこともなかったのだが」との連絡があり失踪したことが判明した。
当日か翌日にアパートへ行ってみると、部屋は普段の生活をしている状態だった。
転居の準備をしていたようにも見えず、不動産屋にも転居の話はしていなかった。
なくなっていたのは
1)茶色っぽいチャイナ服(ドレスというより普段の外出用)
2)赤いブレザー(友人が貸したという)
3)財布
《特定失踪者・寺島佐津子さんについて》
◆氏名:寺島 佐津子
(てらしまさつこ)
◆失踪年月日:昭和54(1979)年8月10日
◆生年月日:昭和35(1960)年7月26日
◆性別:女性
◆当時の年齢:19歳
◆当時の身分:銀行員
◆失踪場所:神奈川県横浜市戸塚区
【失踪状況】
失踪当日、勤務先の支店の親睦会で鎌倉の花火大会に行き、夜10時に現地解散。同僚と鎌倉駅で別れ、戸塚駅からバスで帰宅途中に行方不明。
翌日、自宅近くの草むらからセカンドバッグが見つかる。
警察犬の捜査でもここまで来たのは間違いない
《特定失踪者・秋田美輪さんについて》
◆氏名:秋田 美輪
(あきたみわ)
◆失踪年月日:昭和60(1985)年12月4日
◆生年月日:昭和39(1964)年1月29日
◆性別:女性
◆当時の年齢:21歳
◆身長:155cm
◆体重:43kg
◆当時の身分:神戸松陰女子大学文学部国文科4回生
◆特徴:両眼とも眼鏡をかけて視力1.2
◆失踪場所:兵庫県神戸市神戸松陰女子大学校門(阪急神戸線六甲)
【失踪状況】
大学で午前の授業を受けた後、1時過ぎに学食で友人と食事をとり校門近くで友人と別れた。
夜8時過ぎに「友人宅へ泊まる」との電話が家にある(実際には泊まっていない)。
翌日朝8時15分兵庫県警城之崎署から竹野町弁天浜で本人のバッグ発見との連絡。
当時は自殺とされたが、何も見つかっていない。
バックの置いてあったところから海岸に10メートル位足跡があった。
発見される前に雨が降ったがバックも近くにあった本人の靴も濡れていなかったという。
地形や潮の流れから入水自殺であれば遺体が上がるはず。
竹野浜、竹野駅、城崎駅で目撃者がいなかった。
平成15年11月13日、兵庫県警に告発状提出。
秋田美輪さんをただ単に行方不明者とするには、あまりにも不自然ないくつかの疑問点が残されている。
まず、残された美輪さんのバッグの中には急行券があった。
この急行券の使用距離範囲は大阪駅から150km。これではせいぜい城之崎までしか行けず、弁天浜までは30km程度足りない。
この急行券は、当時の改札口を通過したことを示す入挟・押印が無く、未使用のままだった。また、財布の中には定期代の1万8千円がそのまま残っていた。
そして、神戸松蔭女子学院大学内の美輪さんのロッカーの中から、失踪日の数日後に提出することになっていたレポートが発見される。
これらは状況証拠に過ぎないが、それでも単なる行方不明者として考えるには疑問を持たざるを得ない。
さらに、美輪さんが行方不明になった前後、現場付近の浜辺でスーツ姿の男が無線機のような機器を使って朝鮮語で交信していたことが『産経新聞』の記事で明らかになっている。
この男は北朝鮮の工作員とみられる。
【拉致事件、捜査の現状】
北朝鮮による拉致事件を巡り、日本の警察はこれまで実行犯や指示役として北朝鮮の元工作員たち合わせて11人を国際手配しています。
拉致には金正日(キム・ジョンイル)総書記が掌握していた対外情報調査部と呼ばれる工作機関が組織的に関わっていた疑いが強いと見て捜査を続けています。
このうち、福井県の地村保志さん・富貴恵さん夫妻を拉致した実行犯として元工作員の辛光洙(シン・グァンス)容疑者が手配されています。
また、大阪府の原 敕晁さんが拉致された事件では、辛容疑者とともに金吉旭(キム・キルウク)容疑者も共犯者として手配されています。
この他、東京都の久米 裕さん拉致事件では金世鎬(キム・セホ)容疑者が、新潟県の曽我ひとみさん拉致事件にはキム・ミョンスク容疑者がそれぞれ関わったとして手配されています。
北海道出身の渡辺秀子さんの子供2人の拉致事件では、工作員グループのリーダー格で北朝鮮にいると見られる洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子容疑者が手配されています。
新潟県の蓮池 薫さん・祐木子さん夫妻の拉致事件ではチェ・スンチョル容疑者が実行犯として手配されている他、金総書記が掌握していた対外報調査部と呼ばれる北朝鮮の工作機関の幹部であるハン・クムニョン容疑者とキム・ナンジン容疑者が拉致の実行を指示したとして手配されています。
ハン容疑者たちは工作機関で「指導員」と呼ばれる立場で、辛光洙容疑者たちもこの組織の一員だったことがわかっており、警察は北朝鮮が組織的に拉致を実行した疑いが強いと見て捜査を続けています。
よど号ハイジャック事件のメンバーたちも1980年代にヨーロッパで相次いだ3人の日本人拉致に関わった疑いで国際手配されています。
このうち、有本恵子さん拉致事件では魚本公博(安部公博)容疑者が、石岡 亨さんと松木 薫さん拉致事件ではよど号メンバーの妻の森 順子・若林佐喜子両容疑者がそれぞれ手配されています。
男女6人が並んだ1枚の集合写真。写真の中央に位置する男性は朝鮮労働党の外交担当の責任者(国際部長)、金永日(キム・ヨンイル)書記。先日、飯島内閣官房参与が訪朝した際に会談した人物です。そしてもう1枚の写真には宋日昊(ソン・イルホ)日朝国交正常化交渉担当大使の姿があります。飯島氏が北朝鮮ナンバー2の金永南(キム・ヨンナム)最高人民会議常任委員会委員長と会談した際に同席した人物です。どちらも飯島氏の訪朝と深く関わった北朝鮮側のキーマンです。そしてこの2人と並んで写る日本人男性は、民主党の川上義博参院議員です。
「(飯島さんは)参与ですから総理は事前に、これはもう知っていたと。そういうことで飯島さんは行ったんでしょうか?」
(民主党・川上義博参院議員)
これまで北朝鮮問題に深く関わってきた川上氏ですが、実は2010年、当時の鳩山総理にも伝えたうえで、北朝鮮を密かに訪問し2人と個別に会談していたといいます。
川上氏は2人とのやりとりを鮮明にメモしていました。この時、北朝鮮側は日本側に朝鮮総連の本部ビルの差し押さえを「一日も早く中止すべき」と要求したといいます。また当時、民主党政権が掲げた高校の授業料無償化で朝鮮学校が除外されることについても見直しを求めました。
一方、宋日昊氏との個別会談では拉致問題についても意見が交わされたといいます。2008年に交わされた日本と北朝鮮の実務者協議に基づき、宋日昊氏は日本に制裁の部分解除を求めました。そして、北朝鮮は拉致の再調査を同時に行うとしました。
川上氏はこうしたやり取りを詳細に鳩山氏に報告し日・朝の正常化交渉に乗り出すよう求めましたが、鳩山内閣は翌月、総辞職し計画は頓挫しました。
一方、飯島内閣官房参与は5月22日、記者団にこう語りました。
「自分の役目はもう終わった」
(飯島内閣官房参与)
今後の訪朝予定は100%ないと否定し、あとは安倍総理たちの判断に委ねる考えを示しました。
民主党政権の頃から密かに進む対北朝鮮外交。その成果が表に出るのは果たしていつになるのでしょうか。
※「拉致という犯罪を犯した北朝鮮に必要なのは『対話』ではなくて『交渉』。『交渉と圧力』だ」
(故・中川昭一元財務大臣)
◆昭和53(1978)年6月頃
元飲食店店員拉致容疑事案
被害者:田中 実さん(拉致被害時28歳)
欧州に向け出国したあと失踪。
平成14年10月にクアラルンプールで行われた日・朝国交正常化交渉第12回本会談及び平成16年に計3回行われた日・朝実務者協議において我が方から北朝鮮側に情報提供を求めたが、第3回協議において北朝鮮側より北朝鮮に入境したことは確認できなかった旨回答があった。
平成17年4月に田中 実さんが拉致認定されて以降、政府は北朝鮮側に対し即時帰国及び事案に関する真相究明を求めてきているが、これまでに回答はない。
《特定失踪者・金田竜光さんについて》
◆氏名:金田 竜光
(かねだたつみつ)
◆失踪年月日:昭和54(1979)年ごろ
◆生年月日:昭和27(1952)年
◆性別:男
◆当時の年齢:26歳
◆身長:180cm
◆当時の身分:ラーメン店店員
◆失踪場所:神戸市東灘区
【失踪状況】
金田さんは韓国籍。
田中 実さん(昭和53年に拉致)と同じ施設で育った。
昭和52年ごろ、田中 実さん拉致実行犯・韓竜大(ハン・ヨンデ)が経営するラーメン店「来大」に就職。昭和53年に田中 実さんを「来大」に紹介し、ともに働く。同年、韓竜大の誘いにより、田中 実さんがオーストリア・ウィーンに出国。
半年ほどして、田中 実さんが差出人になっているオーストリアからの国際郵便を受け取る。その内容は「オーストリアはいいところであり、仕事もあるのでこちらに来ないか」との誘いであった。
田中さんの誘いを受け、打ちあわせと言って東京に向かったが、以後一切連絡がなく、行方不明となる。
連絡がないことを不思議に思った友人が、この間の事情を知る韓竜大に再三説明を求めたが、「知らない」と繰り返す。
その後失踪した2人を知る友人たちの間で「2人は北朝鮮にいる」との噂が広まり、韓竜大に近づく者がいなかった。
「救う会兵庫」は平成14年10月に韓竜大、15年7月にその共犯である曹廷楽(チョ・ジョンガリ)についての告発状を兵庫県警に提出している。
《特定失踪者・藤田 進さんについて》
※国連人権理事会が調査要請を受理した事案
◆氏名:藤田 進
(ふじたすすむ)
◆失踪年月日:昭和51(1976)年2月7日
◆生年月日:昭和31(1956)年6月16日
◆性別:男
◆当時の年齢:19歳
◆当時の身分:東京学芸大学教育学部1年生
◆特徴:
1)家ではあまりしゃべらないタイプ
2)ギターがうまかった
◆失踪場所:埼玉県川口市の自宅
【失踪状況】
失踪当日6:30~7:00頃、以前から言っていた新宿のガードマンのバイトに行くといって服を持って家を出たまま帰らず。
後に新宿にある全ての警備会社に電話で問い合わせたが該当者はいなかった。
脱北者が北朝鮮から持ち出した写真が鑑定の結果、藤田 進さんである可能性が極めて高いことが判明。
平成16年1月28日、埼玉県警に告発状提出。
《特定失踪者・堺 弘美さんについて》
◆氏名:堺 弘美
(さかいひろみ)
◆失踪年月日:昭和57(1982)年4月2日
◆生年月日:昭和34(1959)年10月22日
◆性別:女性
◆当時の年齢:22歳
◆当時の身分:飲食店従業員兼美容学校学生
◆特徴:
1)盲腸の痕
2)ハスキーな声
◆失踪場所:東京都新宿区北新宿の自宅アパート
【失踪状況】
失踪数日前に弘美さんから母へ「北新宿の自宅アパートを引き払って、実家(母の住む東京都杉並区上井草)に移り住む」との電話連絡があった。
ところがその数日後に再び電話で、「やはりもう少しこちらに残る」と言ってきた。
4月2日、職場(新宿の飲食店)から電話で「弘美さんが仕事に来ていない。これまで無断欠勤したこともなかったのだが」との連絡があり失踪したことが判明した。
当日か翌日にアパートへ行ってみると、部屋は普段の生活をしている状態だった。
転居の準備をしていたようにも見えず、不動産屋にも転居の話はしていなかった。
なくなっていたのは
1)茶色っぽいチャイナ服(ドレスというより普段の外出用)
2)赤いブレザー(友人が貸したという)
3)財布
《特定失踪者・寺島佐津子さんについて》
◆氏名:寺島 佐津子
(てらしまさつこ)
◆失踪年月日:昭和54(1979)年8月10日
◆生年月日:昭和35(1960)年7月26日
◆性別:女性
◆当時の年齢:19歳
◆当時の身分:銀行員
◆失踪場所:神奈川県横浜市戸塚区
【失踪状況】
失踪当日、勤務先の支店の親睦会で鎌倉の花火大会に行き、夜10時に現地解散。同僚と鎌倉駅で別れ、戸塚駅からバスで帰宅途中に行方不明。
翌日、自宅近くの草むらからセカンドバッグが見つかる。
警察犬の捜査でもここまで来たのは間違いない
《特定失踪者・秋田美輪さんについて》
◆氏名:秋田 美輪
(あきたみわ)
◆失踪年月日:昭和60(1985)年12月4日
◆生年月日:昭和39(1964)年1月29日
◆性別:女性
◆当時の年齢:21歳
◆身長:155cm
◆体重:43kg
◆当時の身分:神戸松陰女子大学文学部国文科4回生
◆特徴:両眼とも眼鏡をかけて視力1.2
◆失踪場所:兵庫県神戸市神戸松陰女子大学校門(阪急神戸線六甲)
【失踪状況】
大学で午前の授業を受けた後、1時過ぎに学食で友人と食事をとり校門近くで友人と別れた。
夜8時過ぎに「友人宅へ泊まる」との電話が家にある(実際には泊まっていない)。
翌日朝8時15分兵庫県警城之崎署から竹野町弁天浜で本人のバッグ発見との連絡。
当時は自殺とされたが、何も見つかっていない。
バックの置いてあったところから海岸に10メートル位足跡があった。
発見される前に雨が降ったがバックも近くにあった本人の靴も濡れていなかったという。
地形や潮の流れから入水自殺であれば遺体が上がるはず。
竹野浜、竹野駅、城崎駅で目撃者がいなかった。
平成15年11月13日、兵庫県警に告発状提出。
秋田美輪さんをただ単に行方不明者とするには、あまりにも不自然ないくつかの疑問点が残されている。
まず、残された美輪さんのバッグの中には急行券があった。
この急行券の使用距離範囲は大阪駅から150km。これではせいぜい城之崎までしか行けず、弁天浜までは30km程度足りない。
この急行券は、当時の改札口を通過したことを示す入挟・押印が無く、未使用のままだった。また、財布の中には定期代の1万8千円がそのまま残っていた。
そして、神戸松蔭女子学院大学内の美輪さんのロッカーの中から、失踪日の数日後に提出することになっていたレポートが発見される。
これらは状況証拠に過ぎないが、それでも単なる行方不明者として考えるには疑問を持たざるを得ない。
さらに、美輪さんが行方不明になった前後、現場付近の浜辺でスーツ姿の男が無線機のような機器を使って朝鮮語で交信していたことが『産経新聞』の記事で明らかになっている。
この男は北朝鮮の工作員とみられる。
【拉致事件、捜査の現状】
北朝鮮による拉致事件を巡り、日本の警察はこれまで実行犯や指示役として北朝鮮の元工作員たち合わせて11人を国際手配しています。
拉致には金正日(キム・ジョンイル)総書記が掌握していた対外情報調査部と呼ばれる工作機関が組織的に関わっていた疑いが強いと見て捜査を続けています。
このうち、福井県の地村保志さん・富貴恵さん夫妻を拉致した実行犯として元工作員の辛光洙(シン・グァンス)容疑者が手配されています。
また、大阪府の原 敕晁さんが拉致された事件では、辛容疑者とともに金吉旭(キム・キルウク)容疑者も共犯者として手配されています。
この他、東京都の久米 裕さん拉致事件では金世鎬(キム・セホ)容疑者が、新潟県の曽我ひとみさん拉致事件にはキム・ミョンスク容疑者がそれぞれ関わったとして手配されています。
北海道出身の渡辺秀子さんの子供2人の拉致事件では、工作員グループのリーダー格で北朝鮮にいると見られる洪寿恵(ホン・スヘ)こと木下陽子容疑者が手配されています。
新潟県の蓮池 薫さん・祐木子さん夫妻の拉致事件ではチェ・スンチョル容疑者が実行犯として手配されている他、金総書記が掌握していた対外報調査部と呼ばれる北朝鮮の工作機関の幹部であるハン・クムニョン容疑者とキム・ナンジン容疑者が拉致の実行を指示したとして手配されています。
ハン容疑者たちは工作機関で「指導員」と呼ばれる立場で、辛光洙容疑者たちもこの組織の一員だったことがわかっており、警察は北朝鮮が組織的に拉致を実行した疑いが強いと見て捜査を続けています。
よど号ハイジャック事件のメンバーたちも1980年代にヨーロッパで相次いだ3人の日本人拉致に関わった疑いで国際手配されています。
このうち、有本恵子さん拉致事件では魚本公博(安部公博)容疑者が、石岡 亨さんと松木 薫さん拉致事件ではよど号メンバーの妻の森 順子・若林佐喜子両容疑者がそれぞれ手配されています。