もずの独り言・はてなスポーツ+物置

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【みんな生きている】日比谷公会堂編(1)-1田口八重子さん

飯塚繁雄田口八重子さんの兄)

皆様、本日は連休の初日にもかかわらず、このように大勢の方々が拉致問題の早期解決に向けて強い意欲・意識をいただいてお集まりいただきました。
まさにこの雰囲気というのは、国民の姿であろうと思います。
今日の国民大集会におきましては主催者は、私たち家族会、そして救う会全国協議会、拉致議連、全国の知事の会、さらに地方議会全国協議会の5団体で、さらにあらゆる組織、団体の方がお集まりいただき、本当に今年こそは何とかしよう、させようという意気込みをひしひしと感じ、感動しております。
長い活動経過がありますが、16年前に署名活動を始めて、実はこの大集会が始まる直前に、去年運動目標としていた1,000万筆が集まりました。ありがとうございます。
これはまさに、私たちが街頭でお願いしている署名以外に、相当多くの全国の組織や自治体を含め、何とかやろうという意気込みがこのところ高まったと感じております。
しかもこの2、3年、署名の集まる速度がものすごく速くなっております。従ってこの現象というのは、「早く解決せよ」という意気込みであろうと思います。
この1,000万という数字は相当重い筈です。国民の怒りの声、また政府に対しても国民のこれだけのバックアップがあると、また頑張れという後押しになると思います。
さらに言えば、諸外国に向けて、特に北朝鮮に向けて、日本国民は諦めていないぞという強いメッセージになると思います。
私たちは、このような国民の皆様の大きな支えによって、何とか早くこの問題が解決するようにと、相当な期待を今年は持っています。当然ながら、特定失踪者の方々も大勢います。この人たちも含めた全面解決を一気にやることに目標を置いて、今年は結果を見たいと強く思っています。
今回、安倍総理、安倍政権が誕生して、以前から拉致問題に強く言及しておられ、総理になられてからも、拉致問題は自らの責任において必ず解決させるという強い意気込みを伺っております。
私たちは、安倍総理のもと、あらゆる活動、あらゆる戦略・戦術をもって、単なる議論ではなく、実際にどうしたらこの問題が先に進むのか、これを一緒に考えていきたいと思います。
このところ北朝鮮は非常に難しい状況になっています。そういう状況においても、この拉致問題は日本の国民が被害を受けているわけですから、絶対に置き去りにしないで、常にテーブルに置いて論議を進めていっていただきたいと強く念願しています。
先日、アメリカのケリー国務長官とお会いしまして、拉致問題について訴えました。彼はテーブルを叩いて、「私がこの問題を何とか前に進むように頑張る」という強い意思の表明をしていただきました。「日本との緊密な連携のもとに、明日からやる」とも言っておられました。
そういうことも含め、来週はワシントンDCとニューヨークで、政府主催のシンポジウムが行われます。そこでもこの問題を訴えて、グローバルな形で、北朝鮮について圧力をかけ、解決に向けての施策をどんどん進めていってもらいたいというような思いで行ってきます。
また今年、「延長戦」ですが、「延長戦」とか「勝負の年」という言葉はあまり長く使えません。ということは、もう今年中になんとしてもという意気込みがここに込められているわけです。従って私たち家族も、歳をとってきていますが、皆さんのご支援をいただきながら、今後ともこの問題に突き進んでいく覚悟です。
今後とも、色々な面からご支援を宜しくお願いいたします。
ありがとうございました。



◆昭和53(1978)年6月頃
李恩恵(リ・ウネ)拉致容疑事案
被害者:田口八重子さん(拉致被害時22歳)
昭和62年11月の大韓航空機(KAL)爆破事件で有罪判決を受けた元北朝鮮諜報員金賢姫(キム・ヒョンヒ)氏は「李恩恵(リ・ウネ)」という女性から日本人の振る舞い方を学んだと主張している。この李恩恵は行方不明となった田口さんと同一人物と考えられる。
北朝鮮側は、田口さんは1984(昭和59)年に原 敕晁さんと結婚し、1986(昭和61)年の原さんの病死後すぐに自動車事故で死亡したとしているが、これを裏付ける資料等の提供はなされていない。
平成21年3月、金賢姫氏と飯塚家との面会において、金氏より田口さんの安否にかかる重要な参考情報(注)が新たに得られたことから、現在、同情報についての確認作業を進めている。
(注)金氏の発言:「87年1月にマカオから帰ってきて、2月か3月頃、運転手から田口さんがどこか知らないところに連れて行かれたと聞いた。86年に一人暮らしの被害者を結婚させたと聞いたので、田口さんもどこかに行って結婚したのだと思った」