奈穂子様/安中藩遠足
ざるそばの薬味に練り物ってえのは、江戸広しといえどもオレしかいねえなあ。
じゃあまんあいりす?
こないだ吉原行ったらそこの傾城に「じゃまでありんす」なんて言われてムッと来たんだが、それじゃねえんですかい、奈穂子サン?
え?
花の名前だ?
こんなトンチキな名前の花なんて、オレァ初めて聴くぜ。
に、しても色とりどりな花だなあ。
あっ!思い出した!
じゃあまんってえのはぷろしあ(プロイセン)のこったろう、奈穂子サン?
ヘッヘッヘッ。
オレだって奈穂子サンの時代のことはちったあ勉強してんだぜ。
で、今日はこのトンチキありんすが咲いてる安中の話でさあ。
ん?
何か言ったかい?奈穂子サン?
「どうせまた老中職のナントカさんが殺害されただとかナントカ藩がお取り潰しになっただとかの話をするんでしょ」
ヘッヘッヘッ。
んなモン、毎度毎度おんなじ話はしねえぜ、奈穂子サン。
今日はな、駆けっこの話だ、奈穂子サン。
奈穂子サンの時代で言うところの「まらそん」ってえヤツだ。
奈穂子サンの時代の「まらそん」はオレの記憶が確かなら42.195kmのはずだ。
今日話す安中藩の「遠足」は29.17。だから、「まらそん」に比べたら距離は短えわな。
「遠足」は「とおあし」って読むんでさあ、奈穂子サン。
安中藩主・板倉伊予守勝明様。
このお方はまあ若い頃からからだを動かすのが好きなお方でな。奈穂子サンの時代で言う「すぽーつまん」ってヤツでさあ。
で、この板倉様がとんでもねえことを言い出したから安中藩は大騒ぎよ。
板倉様は「50歳以下の藩士に『遠足』の参加を命ずる」なんて言い出しやがった。
しかもそいつはただの駆けっこじゃねえぞ。ヨロイカブトで走るんだ。
奈穂子サン、敷き布団と掛け布団を着て「まらそん」なんて出来るかい?
出来っこねえよな?
それとおんなじだぜ。
でもまあ殿様の御下知とあっちゃイヤだとは言えねえ。50歳以下の藩士98人は16組に分かれて「遠足」にちゃれんじしたってえワケよ。
夜明け前に「よーいどん」で「ごおる」に着いたら朝の8時だとか9時だとか言いやがる。気ィ狂っちまうぜ。
ヨロイカブト着て29.17km。でもよ、奈穂子サン。こいつは意外と安中藩じゃ好評でな。
「いい汗かいた」ってな。
それから走り終えたらお茶と餅が配られた。それがまたウマかった。
ま、ちょっとした距離の駆けっこはからだにいいって言うし。
オレァ嫌だけどな。
今日の練り物には玉ねぎが入ってたぜ。
奈穂子サン、また。