もずの独り言・はてなスポーツ+物置

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奈穂子様/井伊の赤備え

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たけのこの煮物がウマい季節になったなあ。

あれはな、からし醤油で食べるとよりウマくなるのよ。

信玄公ですかい。

武田軍はみんな真っ赤っ赤だったから「武田の赤備え」なんて呼ばれた。その「赤備え」を受け継いだのが井伊掃部頭様(直政)だ。

本能寺の変のどさくさに紛れて甲斐を乗っ取った権現様は武田の遺臣をみんな雇い入れた。で、この旧武田の連中は井伊様の軍に組み込まれた。

このときから、「武田の赤備え」は「井伊の赤備え」に変わったんだ。井伊様はいつでも先鋒だったからな。敵の連中もあんな真っ赤っ赤だとすぐに気付くんだ、「井伊の赤備えだ」ってな。

いつでも先鋒であることの見返りは近江彦根35万石だった。御譜代でこんな大っきな領地もらってるのは井伊様だけだ。いいかい奈穂子サン、大炊頭様(土井利勝)は下総古河16万石、雅楽頭様(酒井忠清)は上野厩橋(のちの前橋)15万石だぜ?

これはもう「いのちの保証費」以外の何物でもねえぜ。先鋒と殿軍は討ち死にと隣り合わせ。いくさってえのはそういうモンよ。

井伊様は烏頭坂の戦いで島津軍の鉄砲玉が脚に当たってな。その傷がもとで死んじまった。それでも井伊様は生前権現様に「島津を取り潰すのはおやめ下さい」って頼んでる。いのちのやり取りをしたもの同士の「友情」ってヤツかも知れねえな。ヨロイも真っ赤ならこころも真っ赤。井伊様は男の中の男だぜ。

権現様もこの頼みを飲んで島津家はお咎め無しにした。ただまあ権現様の死後、幕府は薩摩藩をえらくいじめ抜いたからな。薩摩いじめが止んだのは家斉公のカミサンが島津家から輿入れしたあとだ。

実はな奈穂子サン、武田家は滅んじゃいねえのよ。大名としての武田家(勝頼の血統)は天目山できれいさっぱり滅んだが、勝頼の兄貴だか弟だかの血筋は残っててな。子孫は幕府の高家になった。大名にはなれなかったんだな。

もとの「赤備え」は万石以下、新しい「赤備え」は彦根35万石。ちょっと皮肉な話だわな。

たけのこはおかずに良し、つまみに良しだ。

奈穂子サン、また。