もずの独り言・はてなスポーツ+物置

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奈穂子様/伊達政宗

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今日は赤飯だ。

いつの頃からか、こいつに胡麻塩かけて食うようになった。この胡麻塩が赤飯にまた合うのよ。

いったい誰が思いついたんだろうな。

こないだ三田の仙台藩邸にお呼ばれしてな。そこでたらふくメシ食ってガブガブ飲んだ。62万石だからな、ケチくさくなくって良かったぜ。

仙台の中納言様(伊達政宗)といろいろと昔話をしてな。奈穂子サン、中納言様には小次郎ってえ弟がいたのよ。この弟を、中納言様は若かりし頃に御自身の手で成敗された。たったひとりの弟を、だ。

もともと、中納言様の御生母の保春院様(義姫)は中納言様よりも弟の小次郎様を可愛がった。中納言様は奈穂子サンも知っての通り、5歳の頃に熱病で右の眼ン玉が潰れた。だから、ちょっと顔がかわいくなかった。

それに加えて嫡男は伊達家に限らずどこの家でも乳母の乳で育てるもんだから、ますます保春院様の気持ちは小次郎様に傾いた。

太閤さんが小田原攻めをやるときに、伊達家にも「参陣するように」って命令書が届いた。芦名を片付けて200万石の大大名になった中納言様は「次は佐竹だ」って意気揚々だった。だから最初、名軍師の片倉様(小十郎)が「豊臣家に従わねば危のうございまするぞ」って言っても聞かなかった。

で、不安に感じたのが保春院様よ。「あの子は5歳の時に右眼と一緒に思慮分別も失った」ってな。保春院様は豊臣寄りだ。とうとう保春院様は小次郎様を使って中納言様に一服盛った。トリカブトだ。

中納言様がゲーゲー吐いてるその背中を、小次郎様は刺そうとした。が、そこは数多くの戦場を駆け抜けた中納言様よ。向きざまに小次郎様の胴を一刀で払った。

小次郎様が斬られたのを知った保春院様は実家の山形(最上家)に逃げ帰った。これ以降、「親でもねえ、子でもねえ」って状態がずーっと続いた。

中納言様と保春院様が再会するのは最上取り潰しのときだ。秀忠公がな、「陸奥どの、もうそろそろオフクロ様を許してやっては」ってな。中納言様は保春院様を仙台に引き取った。保春院様は「愚かな母親を…」って泣き崩れた。

何があろうと、オフクロはオフクロ。中納言様はそんなことを言ってたな。

中納言様も62万石を手にするまでにいろいろとあったのよ。

いけね。胡麻塩切らしてやがった。買いに行かねえとな。

奈穂子サン、また。