もずの独り言・はてなスポーツ+物置

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奈穂子様/二代目の苦悩-秀忠将軍と細川忠興-

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弥七のヤツ、今日は茄子と茗荷の味噌汁に味噌塗った焼きおにぎり、それに鰆の味噌焼きって…

何だオイ、今日は味噌だらけじゃねえか。

秀忠公と越中守様(細川忠興)。

ま、似た者同士だァな。

秀忠公は徳川家の二代目。越中守様は細川家の二代目だ。

二代目ってえのは難しいモンでな。どうしても先代と比べられちまう。その「ぷれっしゃー」ってえヤツは奈穂子サンの想像を超えたモンだ。

武田勝頼ってえ名前くらいは奈穂子サンも知ってるだろう?勝頼は親父の信玄入道があまりに立派だったせいで名前負けしちまった。そんで武田家は天目山できれいさっぱり滅亡よ。

秀忠公の親父は権現様。越中守様の親父は幽斎様(細川藤孝)。親父が立派だとどうしても周りの連中が「ご先代様は…」って比べたがる。で、だいたい比べたあとに「まだまだでございますな」って言いやがるんだ。

秀忠公にはこれがえらく苦痛でな。毎日毎日浮かねえ顔してた。そんで「誰かに話せばちったあ気持ちが楽になるだろ」ってんで越中守様を茶の湯の席に招いた。

茶ァ点てながら秀忠公は「越中どのも幽斎どのと比べられてつらくはないのか?」って尋ねた。そしたら越中守様は「家督を継いですぐのときはつらかったですが、すぐに慣れました」ってえ答えた。

秀忠公が「慣れることなど出来ぬ」って言うと越中守様はな、「何でも彼でも父親を超えようと思うからつらかったり疲れたりするのです。父は父、私は私と思えばつらくありません」って答えた。

越中守は「四角い箱に入った味噌を、丸いおたまですくうようなお気持ちでいれば良いのです」って付け加えた。奈穂子サンの思う通り、四角い箱の味噌を丸いおたまですくったらすくい残しが出来ちまう。

「きれいに味噌をすくうこたァねえんだ」真面目で几帳面な秀忠公に、越中守様はこう言ったんだ。

「父は父、私は私…」

秀忠公は二、三度つぶやいて、そンで越中守様の手を取って「越中どの、目から鱗が取れました」ってえ言ったんだ。ま、気持ちが楽になったってこったろう。

ここからだ、奈穂子サン。秀忠公は生まれ変わったように強くなられた。越前宰相様(松平忠直)をはじめとする有力大名を大炊頭様(土井利勝)と「二人三脚」で次々と取り潰していったんだ。

「父は父、私は私…」

幕府の基礎を築いたのは紛れもなく秀忠公と大炊頭様。その秀忠公の悩みを解いたのが越中守様の「四角い箱の味噌」の話だったのよ。

ま、この話の「ぽいんと」は秀忠公がてめえの弱さを正直にさらけ出す勇気を持ってたってことだな。そしてその弱さを受け止める温かさを越中守様が持ってたってことよ。

ああうめえ。

味噌汁に味噌焼きおにぎり。鰆の味噌焼きにきゅうりの味噌漬け。

味噌は何にでも合うぜ。

奈穂子サン、また。