もずの独り言・はてなスポーツ+物置

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奈穂子様番外編/黒田悦子と伊達宗景

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今日はな、弥七のヤツがかぶら寿司持って来たから、こいつに雑煮で温まってるトコよ。

何だオイ、またおめえか麻由坊?

ああもう帰えった帰えった。

オレァな、今、かぶら寿司に雑煮食って熱燗でほろ酔いなんだ。どうせまたアレだろ?どっかの藩の家老が不始末しでかして切腹させられただとか、そンな話しろってんだろ?

ガキはとっとと帰えって寝ろってんだ。

ん?

麻由坊、おめえその鍋は何だ?

おめえ、そりゃぶり大根か?ガキにしちゃ上出来だ。

じゃ、オレが味見てやらあ。

おっ!?

麻由坊、こいつァいなだに冬瓜か。

よく思いついたな。

冬瓜にもちゃあんと味染みてるんだがな、冬瓜そのものの味もきちっと残ってらあ。うん、うめえ。

麻由坊、こいつァよく出来た煮物だ。

こんだけウマいモン食わせてもらっちゃあこのまんま帰すワケにゃいかねえな。

で、麻由坊、おめえ今日はどこの藩の御家騒動を聴きてえんだ?

黒田家の悦子サンの話だって?

ははあん、麻由坊、おめえも年頃なんだなあ。

ああいいぜ。ちっちゃな恋の話だけどな、あのお姫様のことについちゃあオレたち町方も盛り上がったからな。

悦子サンはな、福岡藩江戸屋敷でお生まれなすった。光之公(黒田光之)にとって三女にあたる姫君でな。筑前1国・52万石のお姫様として大事に育てられた。

あれァ確か寛文7年のことだったな。

悦子サンが町方を見物してえって、甘味処で饅頭やら餡蜜やらほおばってるトコにイケメンのお武家様が通りかかっのよ。

そのイケメンさんな、仙台藩の証人(人質)で伊達宗景様ってお方よ。

証人なんだが陸奥水沢(いまの岩手県水沢)1万5千石のお殿様だった。ただし、陪臣だがな。

陪臣ってえのは大名の家臣のことで、大名は幕府から見て直臣、大名の家臣は陪臣って呼ばれたのよ。

悦子サンは目の前を通ったイケメンさんに一目惚れよ。さっそく侍女のおしかに命じてな、どこの家中のイケメンさんか調べさせた。

おしかは悦子サンに「仙台藩伊達家の証人で、水沢領主・伊達宗景様でございます」って伝えた。

悦子サンはな、おしかに「私、あの人を好きになった」って正直に打ち明けた。

ただまあ、おしかとしちゃあ立場があるから「宗景様はまたもの、姫は筑前1国の姫君でございます。忘れなさいませ」って悦子サンを諭した。

ところがだ麻由坊、悦子サンは納得いかなくて光之公に「宗景様と一緒になりたい」って訴え出た。

12歳の女の子がだ麻由坊、目にいっぱい涙浮かべて父親に訴えるんだ。光之公もこれには参ってな。

光之公は老職の連中にそれとなく悦子サンと宗景様の縁談の可否を話してみたんだがな、老職の連中はみんなイヤな顔しやがってな。

理由は何となくわかるんだ。黒田も伊達も大藩だ。大藩同士で婚姻なんかされちまうと幕府としても厄介だからな。そンで表向きは「大名の姫君と陪臣の縁談など、格が釣り合わねえ」ってことを言ったんだ。

これを聴いて光之公は闘志に火がついた。「オレたち外様は天下は徳川に譲ったが、娘の色恋まで徳川に譲ったつもりは無えぜ」ってな。

ここからだ、麻由坊。光之公のすげえのはな。

光之公は悦子サンに「おまえたち二人、今日から町方でおおっぴらに“でえと”しろ」って言ったのよ。悦子サンはそりゃもう大喜びよ。

伊達家は伊達家で「宗景様を“またもの、またもの”って蔑みやがって。徳川、いい加減にしろよ」って、これまた宗景様を応援したのよ。

これに、町方が同調した。「惚れ合ってる者同士、一緒になって何がいけねえ!」ってな。オレたち江戸っ子は普段はお上にゃヘエコラしてるがな、いざってときの「えねるぎー」は大きかった。何かがあったときに一丸となって騒ぐあの「えねるぎー」は忠臣蔵事件を見りゃわかるだろ。

江戸っ子の声を無視できなくなった幕府はついに悦子サンの縁組を認めた。ただし、大名の姫君と陪臣の縁組じゃダメだってえんで、悦子サンは旗本の松平忠久様の養女として宗景様に嫁いだ。

黒田家・伊達家・町方の連中。みんなが悦子サンと宗景様のために動いた。そこに身分なんざ関係無え。みんなが「この二人、しあわせになったっていいじゃねえか!」って、身分を超えて一丸となった。

ま、本当は「はっぴいえんど」になりゃ良かったんだがな。悦子サンは夫婦になってからたった4年で死んじまった。これから子供ができて楽しくなるってトコだったのにな。

宗景様は誰とも再婚せずに24歳の若さで死んだ。だから、水沢伊達家には本家の仙台藩から養子が入った。

恋仲になってからたった5年。でもよ麻由坊、悦子サンも宗景様もきっと5年が50年にも100年にも思える恋仲だったに違えねえぜ。

これが悦子サンの小さな恋の一件だ。

さ、もういいな麻由坊。寄り道しねえでまっつぐ帰えるんだぞ。

冬瓜はな、鶏肉と一緒に煮てもウマいんだぜ。

麻由坊、またな。