もずの独り言・はてなスポーツ+物置

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奈穂子様番外編/父と子のはなし

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ああうめえ。

やっぱり正月は蕎麦だ。

これを食わねえとな、キマリが悪りいんだよな。

何!?

親子の話だ?

麻由坊、おめえ、正月早々何言ってやがるんでえ。

そりゃ、おっ父ウとおっ母アがアレして出来るのがガキじゃねえか。正月早々当たり前の話させるんじゃねえや。

あ?

お年玉か親子の話かどっちかくれろだ?

しょうがねえなあ。

じゃ、親子の話を一つしてやるから、話が終わったらとっとと家に帰えれよ。

細川越中守忠興様。

豊前小倉39万石の国持の大大名だ。

いいか麻由坊、この越中守様の親父ってえ人が細川幽斎(藤孝)様ってえお方でな、それはそれは偉いお方だった。

越中守様はな、親父が偉い人なモンだから、毎日毎日親父と比較されるのよ。麻由坊、おめえ、想像出来るか?

そんなのが毎日続きゃあ誰だって気ィ狂っちまう。若い頃の越中守様は耐えきれなくて「死にたい、死にたい」って泣き言繰り返してた時期もあった。

親父の幽斎様ってお方はな、古今伝授が出来る文化人の頂点のお方でな。しかも武人としては関ヶ原の折りに田辺城の戦いで勇猛なトコも見せてる完璧なお方なのよ。麻由坊の時代で言う「ぱあふぇくと」ってえヤツだな。そんな親父と毎日毎日比較されるんだ。並の神経だったら発狂乱心しちまうぜ。

ま、親父が偉大だと二代目は不幸になるのが相場でな。

麻由坊、おめえ、武田勝頼ってえ名前くれえ知ってるだろ?その武田勝頼もな、親父の信玄入道が偉大過ぎて家ェ潰しちまったんだ。

そンでだ麻由坊、もう一人、親父との比較に悩むお方がいなすった。秀忠公よ。

秀忠公はそりゃあ親父が幕府を開いた権現様だ。日本で一番偉いお方と毎日毎日比較されるんだ。越中守様の苦しみなんざノミ・シラミくらいちっぽけなモンよ。

秀忠公は権現様の死後、名実ともに「なんばあわん」になったんだがな、どうもてめえに自信が持てなくていけねえ。

そンでだ麻由坊、秀忠公は江戸城越中守様を招いて茶の湯を開いた。その席で秀忠公は越中守様に悩みを打ち明けたのよ。「毎日毎日親父と比較されてつらい」ってな。

そしたらな麻由坊、越中守様は「四角い箱に入った味噌を、丸いおたまですくうようになさいませ」って答えた。秀忠公はイマイチ意味がよくわかんねえから「どういう意味だ?」って聞き返した。

その答えが大したモンでな。「四角い箱に入った味噌を丸いおたまですくったら、隅っこや端っこの味噌はすくえません。ですが、これで良いのです。細かいことや小さなことを気にしたりこだわったりすることは無いのです」ってな。

で、そのあとだ、麻由坊。越中守様は「私も若い頃は父との比較に苦しみました。ですが、ある日気付いたのです。父は父、私は私だ、と。それが先ほどの味噌の話なのです」って続けた。

当たり前のことなんだがな、親父があんまり立派だと、ついついその当たり前が霞んじまう。

ここからだ、麻由坊。秀忠公が生まれ変わったのは。

越中守様の話を聴いてな、秀忠公は「父は父、私は私」って割り切れるようになったのよ。そしたらおめえ、国持は取り潰すは朝廷には睨みを効かすはですっかり人が変わっちまった。目からウロコが落ちたってえヤツだな。

ま、いつの時代も親子ってえのは難しいモンだな。

さ、今日の話はこれで終いだ。

寄り道なんかしねえでまっすぐ家に帰えるんだぞ。

今度来たときゃあ団子用意しといてやるからな。

麻由坊、またな。