いずみ江戸日記／木下延次

おっ！？

いずみサン、そいつァ鮎の塩焼きですかい？

そりゃあいい。

鮎一匹で五合は飲めらァ。

木下縫殿頭（延次）様？

いずみサン、いくらなんでもそいつァ話せねえ。

いずみサンが鮎百匹持って来たってそいつァ無理だ。いずみサン、そのお方ァな、ちょいとマズイんでさあ。

まあでもいずみサンがオレと一緒に伝馬町の牢屋に放り込まれてもいいってんなら話ますぜ。

いずみサン、その木下延次様ってえお方はな、秀頼公の倅だ。

秀頼公には国松君ってえ倅がいたが、国松君は大坂落城のあと残党狩りに引っ掛かって首をもがれちまった。まだ８つの坊やなのにな。

いずみサンは延次様を国松君だってえ思ってるのかも知ンねえが、そいつァ違うぜ。

いずみサン、延次様ァな、秀頼公が薩摩に落ち延びたあと、薩摩のオンナとの間にデキたがきんちょだ。秀頼公は薩摩で生涯を終えるんだが、がきんちょは大名にしてやりてえってな。秀頼公だって人並みに親バカだったってえワケだ。

そンで、播磨から豊後日出へ国替えになった木下延俊様に預けた。延俊様は高台院様（寧々）の甥っ子だ。

延俊様は延次様を実子として扱った。で、延俊様は豊後日出３万石のうち１万石を延次様に分知するよう言い残して亡くなられた。

でもないずみサン、この遺言は果たされなかった。日出藩の家老の長澤半之丞ってえオッサンが遺言を握り潰したんだ。

いずみサンの時代では遺言握り潰した理由が「持高３分の１も分知したら藩が潰れちまう」ってえことになってるんだろうけど、そいつァ違うぜいずみサン。

本当の理由はな、遺言通りに１万石分知すると幕府に怪しまれるってえのが長澤のオッサンの言い分だった。

長澤のオッサンは秀頼公の意を叶えられなかったってえんで自害して果てた。でもよいずみサン、長澤のオッサンは延次様に５，０００石を分知するように手配して自害したんだ。延次様は日出藩の中の立石ってえトコに５，０００石もらって分家になった。こいつが立石木下家だ。

立石木下家は万石以下だが参勤交代のある旗本でな。こういう旗本を交代寄合っていうんだがな、立石木下家は大名格の旗本だったってえこった。

いずみサン、延次様を交代寄合にしたのは、幕府の連中も薄々延次様が秀頼公の倅だって気付いてたんじゃねえのかって、オレァそう思うぜ。

立石木下家は交代寄合のまんま維新を迎えた。正式に大名になることは無かったが、大名格として家名を残せたんだ。秀頼公だってそれで満足したんじゃねえのかな。オレァそう思うぜ。

鮎も豊後の城下鰈も、オレァどっちも好きだぜ。

いずみサン、また。